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前ページ次ページゼロの女帝 翌朝 アルビオンに出立する一行は、朝霧の中準備を整えていた。 「静かにしてね、シルフィード」「きゅい」 「保存食に、旅費に着替えに」 「ああ、ヴェルダンデ、なんて可愛いんだ僕の愛しいヴェルダンデ。 一緒にいこうね、君にとても珍しいものを見せてあげよう。 なんと浮かぶ大地なんだよ」 などとやっている一行の前に、一匹のグリフォンが舞い降りる。 「やあ、愛しいルイズ。久しぶりだね」 「貴方は・・・・・・・ワルド?」 キュピーン! キュルケの「いい男センサー」が発動する。 「アレは・・・・・・トリオステインの『ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド』ね。 爵位は子爵、トリステイン王国に3つある魔法衛士隊の1つ「グリフォン隊」の隊長にまで栄達し、マザリーニ枢機卿の 覚えもめでたい将来有望な殿方と聞くわ」 「えらく詳しいね」 「ゲルマニアは勿論トリステイン、ガリアロマリアまでいい男を漏れなく記した 『ハルケギニアナイスガイ辞典』から引用よ。 タバサ、貴方の国の男も載ってるわ。 例えば(パラパラ)コレね、『バッソ・カステルモール』 爵位は男爵。 かなりレベルの高い特殊な系統魔法を使いこなしオルレアン公にいまだ忠義を尽くす男」 「おいおい、それバレたらまずいんじゃないのかい」 「大丈夫。これがバレたら確かにこのカステルモールさん処刑だけど『いい男に不利益を与えない』 それがこの本を出版している『ハルケギニア淑女同盟』の心意気よ!」 「ちなみにボクはどう書いてあるんだい? 何で目をそらすのかな?」 「ワルド卿、なぜ貴方がここにいるのかしら?」 柔らかい目で、柔らかい口調で問いただす瀬戸。 そんな彼女にワルドは一通の書を差し出す。 「何々、『親愛なるルイズ。 勝手とは判っていますがこの作戦の成功度を上げるため、やはり本職の軍人を貴方達に同行させます。 聞けばワルド卿は貴方の婚約者なのだとか。 ならば情報の隠匿は勿論ですし信頼の置ける人物なのも間違い無いでしょう よく知らないけど そういう訳で、我が愛しき親友ルイズへ アンリエッタ』ふむふむ ?どうしたのセト」 「あの姫様・・・・・・・・こんな作戦は情報の秘匿が大事だってのに。 まあ彼女なりの努力ってことで。 この程度ならフォロー出来るし」 「それじゃあ出発しようか」 それを合言葉に出立する一行。 ちなみにワルドのグリフォンにルイズと瀬戸が、タバサのシルフィードにキュルケとギーシュが相乗りする、という状況だ。 「おや、どうしたんだい愛しいルイズ」 「いや、なんか忘れてるような気がするんです」 「忘れ物かい?」 「いえ、着替えにアレにコレに姫様からの手紙に身分証明のための水のルビー。 何も忘れてないはずなんですが・・・・・・何か忘れてるような・・・・・・」 「まあナンだ、アレだよ。 ここらで足洗ってカタギになるってのも悪くないかもね。 スケベじじぃのセクハラ我慢すればあの子達に仕送りできる位の給金貰えるし。 『拾った孤児達に仕送りしてるんです」とか言いながら嘘泣きの涙一滴たらしゃ もうちっと上げてくれっだろ」 「出るなり消されちまったり存在無視されたりした他所の俺に比べりゃマシだぁな。 この先ひょっとしたら出番あるかもしれねぇし」 駆けて行く彼女達を、窓からひっそり見つめるオールド・オスマンとマザリーニ枢機卿。 アンリエッタはお茶をすすりながら、その羽ばたきの音を聞いていた。 「あの娘ら大丈夫だろうか。 のうオスマン」 「大丈夫じゃよ枢機卿。 必ず使命を果たし、心身ともに一回りも二回りも成長して帰ってくるでしょうな」 「えらくかっておるな。 いってはナンだがたかが学生でしかないというのに」 「あの子らもだがそれ以上に、彼女を信頼しておるんじゃよ。 無限の可能性を秘めた、あの娘の傍に立つあの女性を」 「するとワシが同行させたワルド卿は無用だったか」 「・・・・・・・・・・・・無用程度ですめばよいのじゃが」 あの若き子爵の目の輝きに、言い知れぬ不安を感じるオスマンであった。 前ページ次ページゼロの女帝
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前ページ魔法少女リリカルルイズ ユーノはデルフリンガーを構えたまま、祭壇に向かう。 その目はルイズも見たこともないくらいに感情が濃く滲み出ていた。 その視線を受けてもなお平静を保つワルドもまた、抜いた杖を手に出口に向かう。 「なんで……」 ワルドはユーノとの距離を一歩ずつ詰めていく。 そのたびにルイズもまた、ユーノの側に行こうと後ずさった。 「なんでルイズを裏切ったんですか!ルイズを守るんじゃなかったんですか!」 「そんなことも言ったな。だが、嘘というわけでもない。僕の目的のためにルイズは必要だ。必ず守るよ」 「ルイズがそんなので納得すると思ってるんですか?」 たどり着くと、茶色いマントの小さな背中がルイズをかばった。 それを見たワルドは杖を構え、切っ先をユーノに向ける。 「納得できないかね?それでも私に任せた方がいい。君ではルイズを守ることはできない」 「ここまで来た彼には十分守れると思うが」 ワルドの肩口にブレイドかけた杖が置かれた。 「正直どういうことかよく分からなくてね。花嫁をめぐる諍い、とでも思ったのだがそういうわけでもなさそうだ。子爵、その少年に向ける杖を納めてもらおう」 その魔法の刃をワルドの首に向けるのは、アルビオン王国の皇太子ウェールズ。 「そして目的というのを教えてもらおう」 「いいだろう」 ちらりと後ろを伺うワルドは杖を下ろし、秘めていた目的を語り始めた。 「目的は三つ。一つはルイズ、君を手に入れることだ」 「私はあなたになんか着いていかないわ!」 ユーノの肩に手を当てるルイズは迷いなく答える。 「彼と共になら行くかね」 「えあっ!?」 その時顔に一瞬だけさした朱は、次のワルドの言葉ですぐに流された。 「二つめはアンリエッタの手紙だ」 ルイズはもう一方の手でポケットを中の手紙ごと握る。 「貴様、レコン・キスタか」 全てを察したウェールズが杖を強く握りしめた。 その杖はワルドの首筋に当てられ、わずかでも動けば彼の命を奪うだろう。 既に彼には何もできない。 にもかかわらず顔色一つ変えないその姿は、ルイズの胸の中の不安を大きく育てていた。 「三つめは……」 何がこらえきれなくなったのか、ワルドは突然苦笑を浮かべた。 「ユーノ君、やはり君はルイズを守りきれないよ」 「まだ話しは終わってはいないぞ!言え、三つめの目的は何だ」 それを無視して、ワルドの視線が前後に走る。 ウェールズの杖は首筋に、ユーノのデルフリンガーは胸元に。 一本の剣と杖は確かに自らに向けられている。それがワルドの見たいことだった。 「例えば、こういうことだ」 閃光が2本、礼拝堂の中で輝いた。 一つの閃光はユーノの背中に。 自分の背中に走ったそれを感じたユーノは片手でルイズを突き飛ばす。 「きゃっ」 シールドは間に合わない。今、それを使う手はルイズをのけるために使ったからだ。 ならばガンダールヴのルーンの輝く手で持ったデルフリンガーを閃光に向けて振る。 だが、ルーンの力で獣のような早さを持っているにもかかわらず、それを上回る技でデルフリンガーは跳ね上げられ、再び走った閃光がユーノの胸を切り裂いた。 「ユーノ!」 ルイズの声がルーンの輝きをさらに増す。 胸の傷をものともせず振るわれたデルフリンガーが閃光──背後に新たに現れたワルド──を切り裂く。 直後、ユーノは両膝を床に着いた。 そしてもう一つの閃光はウェールズの肩を深々と切り裂く。 少年と王子は同時に倒れ、それを2人のワルドが見下ろしていた。 風の系統に遍在、という魔法がある。 一つ一つが別個に意志と力を持つ分身を作り出すこの魔法は、風の系統が最強と言われるゆえんでもある。 ラ・ロシェールでワルドがユーノと戦うと同時にルイズの手を引いていたのも、今また3人のワルドがここに存在するのもこの魔法のためだ。 流れる血は速やかに広がり、冷たい石畳をその色に染め上げていった。 「あ、あ、あ」 なにを言っているか、自分でもわからないルイズが見ているのは倒れているユーノだけ。 体が血で汚れるのも構わず、その体を抱き上げた。 「ユーノ、ユーノ、ユーノ!」 それを石畳よりなお冷たい目でワルドが見下ろす。 「ラ・ロシェールには居る前に使った飛行魔法を見ていたのでね。もしやと思い準備させてもらっていた」 あらかじめ礼拝堂内に遍在を隠しておいたのだ。 「だが、奇襲を相打ちに持ち込まれるとはな」 話術を持ってユーノとウェールズ、双方の注意を自身に向け、遍在から逸らし、奇襲をかける。 それは成功していた。 ウェールズが遍在を倒せず、一撃をただ受けるだけで終わってしまったことが証左である。 そこまでしてユーノを討ち取ったものの相打ちとなり、遍在を一つ消されてしまったことにワルドは内心舌を巻いていた。 「君は確かに優れた戦士だ。未だ荒削りながらもその剣技と魔法を持ってすれば勝てない相手はまずいないだろう」 足下に転がるウェールズの杖を蹴り飛ばし、ワルドはユーノとそれを抱くルイズに向け遍在を残して歩き出す。 「だが、戦いには向いていない。君は既に私の遍在を知っていたはずだ。だが、ルイズを助けようとするあまりそれを忘れた。それでは私には勝てない。ルイズを守りきれない」 ルイズを目前にワルドは足を止める。 突然に灯った光に目を焼かれたからではない。 その光の元がユーノだからであり、そのユーノが光の中で姿をフェレットに変えたからだ。 「ふ、ふははは。はははははははは」 考えてみれば単純だった事実、それに気づけなかった自分、気づけるはずもない現実。 そこからこみ上げた笑いをワルドは口元に当てた片手で握りつぶした。 「そうか、そういうことだったか。これは意外だ。ユーノとユーノ。そういうことだったか。その少年がルイズ、君の使い魔だったとはね」 絶対の優位を得て、ルイズを見下ろすワルドは落ち着き払い、そして優しげに聞いた。 「ルイズ、もう一度だ。僕と来るんだ。世界を手に入れるには君が必要だ」 万策尽きた……わけではない。レイジングハートがある。 だが、いまのルイズの心を占めるのは怯えと不安、そして恐れ。 それはルイズの心をかき乱し、自らの持つ最大の力を忘れさせていた。 「わかったわ。行くわ。だから、助けて。死んでしまうわ。お願い」 ユーノはフェレットの姿になると傷が早く治ると言っていた。 なのに、血を止めようと傷口に当てた手にはぬるりとしたものが耐える新しいものとして指の間だから零れていく。 それほどまでに傷が深い。 「それでいい」 まだ言葉だけだ。何が変わったわけでもない。 それでも、今まで押しつぶされていたようだった体がすこしだけ軽くなったように思えた。 「行こう、ルイズ」 返事はしない。喉につまったように出てこなかった。 ルイズはそれを真に望んでいたわけではないのだから。 「その前に、ユーノ君には死んでもらおう」 「え?」 立ち上がろうとした膝から力が脱ける。 足が砕け、思うように動かない。不安がよりいっそうの強さでルイズをその場につなぎ止めた。 「待って、助けてくれるって」 「助けるのは君だけだ。ユーノ君は別だ」 「でも、私が行けば良いんでしょ?ユーノは私の使い魔なのよ」 「ルイズ!」 既に心の挫けたルイズにはその言葉に逆らえない。 そうなった時に彼女を支えるべき1人は倒れ、もう1人は敵となっていた。 「小鳥を飼う時はどうするか知っているかい?逃げないように羽を切ってしまうんだよ。ユーノ君がここに来た時わかったよ。彼は君の翼だ。彼が傷を癒せば君は僕の元から逃げようとする。だから……」 それをするのが最善。 そう諭すように、彼は言った。 「翼は切ってしまおう」 「い、いや!」 「さあ」 そして、昔、小舟で泣いていた自分を迎えに来てくれた時のような微笑みさえ浮かべていた。 だけどそれは、とても、とても恐ろしいものにしかルイズには思えなかった。 (助けてあげる) それは声ではなかった。 念話と呼ばれる系統魔法にはない心で交わす言葉の魔法。 それで話されるルイズの知らない誰かの声が聞こえてきた。 (誰!?) 答えずに誰かの声はただ伝えるべき事のみを伝える。 (助けてあげる。その代わり、あなたの持つジュエルシードを一つ。私にちょうだい) (でも) 考えるべき事、考えなければならないこと。心のかき乱されルイズにはどうしたらいいかわからない。 ジュエルシードは大切。でも、ユーノの命はもっと大切。でも、ユーノはジュエルシードを集めている。それを本当に誰かに渡して良いのか。 その答えをすぐに出すことは、今のルイズにはただ普通に魔法を使う事よりも困難に思えた。 「put out.」 「え……?」 ルイズは何もしていない。 しかし、レイジングハートは独自の判断でスタンバイモードのまま限定された機能を使う。 その結果は、ルイズの目の前に青い宝石──レイジングハートに封印されていたはずのジュエルシード──という形で現れた。 突如現れた青い宝石を見ていたのはルイズだけではない。 それが突然であったが故にワルドもまた青い宝石に目を奪われた。 だからこそ、歴戦のメイジである彼もそれに対応しきることはできなかった。 「Photon lancer」 不意に天井が爆発を起こした。 稲光を纏い落下する天井の梁が狙いすまいしたようにワルドめがけて落ちてくる。 ワルドはそれに後ろに控えさせていた遍在をぶつけた。 「ちっ」 ブレイドで二分したものの、巨大な質量は止まらない。 ワルドの本体はそれを避けるためにも床に自らの体を投げ出し、ルイズから離れざるを得なかった。 梁に潰される遍在を見ながら三転、世界が回る。 立ち上がったワルドは、舞い散る埃の中に、ルイズの前に立つ新たな一つの人影を見つけた。 土煙のベールは退く。その向こうの人影は、長い金髪を二つに結び、黒い杖を持つ、黒い衣装のメイジだった。 「何者だ」 黒いメイジの少女は奇妙な装飾を施した杖を振った。 ルイズの目の前に浮かんでいた青い宝石は、瞬きの内に装飾の一部を成す金の宝玉の中に消える。 それからやっと、少女は答えた。 「フェイト」 「なら、そのフェイトは何をしにここに来たのかな」 フェイトはワルドの視線からルイズを守るように立ちはだかり、杖を真横に構える。 「彼女を、ルイズを助けに来た」 「できると思っているのかね」 「……」 フェイトを見据えるのは計3人分のワルドの視線。 無論、そのうち2人は魔法で作られた遍在だ。 落ちる梁を避けるために、未だ隠れていた2人も姿を現さざるを得なかったのだ。 「4人の私と戦って、たった1人で勝つつもりなのか?それとも、包囲を突破して逃げるつもりなのか?」 既にフェイトの退路は2人の遍在が断っている。 そして、この少女の実力がどうであれ4対1で閃光の名を持つスクウェアメイジにたった1人で、しかもルイズを守りながら戦って勝てる道理があるはずがない。 「切り札を出したのだ。どちらにせよ邪魔はさせない」 4人のワルドがそれぞれ違う形に杖を構える。 だが、共通するものがあった。それは必殺の殺気。 「あなたの切り札はあなただけの切り札じゃない」 なのに少女はいささかの怯えを見せることなく、杖をかちゃりと鳴らした。 「バルディッシュ。ユピキタス・デル・ウィンデ」 「yes, sir.ubiquity of wind.get set.」 前ページ魔法少女リリカルルイズ
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (40)悲哀の歌 「……? 確か学院でルイズと一番仲良くしていらしたのが、キュルケさんだと思っていたのですけれど……?」 その言葉にルイズは気まずそうに視線をそらし、キュルケは大げさに肩をすくめて見せた。 「……あら?」 暫しの沈黙の後、アンリエッタは自分が何か微妙に勘違いしていることに気がついた。 「ええと、報告書にそう書いてあったものですから……わたくしの勘違いでしたら、お二人に不快な思いをさせてしまいましたね」 オロオロとした態度で慌てだした女王に、今度は傅いたままのルイズが慌ててフォローをした。 「ち、違うのです陛下! 私とツェルプストーは、あの、その……なんというか、えぇと、」 が、突然すぎて口が回らない。 「まあ、ある意味で仲が良いとも言えるわね」 そんな風にテンパって口が回らないルイズに、キュルケが涼しい顔で助け船を出した。 「喧嘩する程仲が良いとも言うしね」 「そ、そうです! 私たち、こう見えても仲良しなのです! ……微妙に」 「……あー、オホンッ!」 そんな風に場が和んで緊張感が切れかけたところで、咳払いが一つ、部屋に響いた。 ルイズが音がした方を見やれば、アンリエッタの後方側面にあるドアの前に、痩せすぎた白髪頭が立っていた。先ほどの咳は彼のモノに違いない。 マザリーニ枢機卿である。 「ああ、わたくしとしたことが、話が横道にそれてしまいましたね」 側近の存在にきりりと表情を引き締めたアンリエッタが、首を動かしてキュルケに向かい口を開いた。 「ミス・ツェルプストー、ミスタ・キーナン、ミスタ・ヘンドリック、暫し退室願えますか?」 扉が閉まる。 三人が側仕えの騎士に連れられて退室したことを確認すると、改めてアンリエッタはルイズに対して佇まいを直した。 「あなたをここに呼んだのは、勿論彼女との再会を喜んでもらうという向きもありますが、それ以上にこれまでのこと、そしてこれから起きることを、あなたに知っておいて欲しいからなのです」 そう涼やかな声で語るアンリエッタからは、ある種の悲壮感のようなものが感じられた。 「陛下……」 「聞いて下さい。……虚無のルイズ」 「陛下」 その物言いに、すかさずマザリーニから鋭い制止が飛んだ。 「分かっています」 その言葉にアンリエッタは真顔で頷いて応える。 今のアンリエッタの立場は、彼女こそが虚無の祝福を受けたという前提あってのものなのである。 どこに人の耳があるか分からない場所、それも他国の人間がいる場所で、そのことを覆しかねない発言をするというのは、不用心にも程がある。 マザリーニは顔にこそ出さないものの、その内では肝を潰す心持ちであった。 女王は親友であるヴァリエール家の三女に負い目がある。無論マザリーニにも、先ほどの言葉がそれ故に出た彼女の美徳と分かってはいる。しかしそれでも胃が痛むのは変わらない。 「トリステインは、近くアルビオンが駐留するゲルマニア領内に向かって軍を進めます」 アンリエッタが、正面を、ルイズを見据えて落ち着いた口調で語り始めた。 「敵の戦力はこちらの約十倍以上、加えて死者を兵士として戦わせているという、我々が対峙したことない未知の敵でもあります。正面からトリステイン王国単体でぶつかって、勝ち目が無いのは明らかです。 ですから我々は、ガリア王国、ロマリア連合皇国にも協力を願い、加えてゲルマニア領内に残る帝国残留軍や周辺国諸国とも連携し、対アルビオンの連合軍を結成してことの対処にあたるべきであるとの結論を下しました。 幸い、最大の難関であると思われていた敵側同盟国であるガリア王国は、条件付きで交渉の席に着く約束をしてくれました。 その条件というのが『交渉の席におけるロマリア教皇の出席』です。 ロマリアは開戦当初から、中立を宣言していますが、それでも我々は誠意を持って交渉に当たり、彼らを我々の場に引き入れなくてはなりません。 その為に我々は、先の緒戦で実際にアルビオン軍を戦闘を行ったモット伯爵を特使として派遣することを決定しました。そして更に、ゲルマニアからもロマリア説得の為に、特使を派遣していただきました。 それがキュルケさん、彼女です」 そこで言葉を句切り、アンリエッタは一瞬、躊躇うような表情を見せたが、すぐに思い切ったような顔で言葉を続けた。 「ミス・ツェルプストーはゲルマニア国内で、何度もアルビオン軍と交戦した経験を持つ、優秀なメイジなのだそうです。モット伯爵とキュルケさんの二人には、ロマリア教皇を説得し、彼らがこちらの側につくように交渉をしていただく予定です」 語り終えたアンリエッタが、深く椅子に座り直して深く息を吐いた。 ルイズにはその所作で、彼女が多忙を極めているということの一端を感じられたが、それ故に分からないこともあった。 「陛下、よろしいでしょうか」 アンリエッタがこくりと頷いた。 「陛下のお考えは分かりましたが、なぜそのことをお話になるのですか?」 ルイズは昨日、お忍びでアカデミーへと足を運ぶアンリエッタの元を訪れるようにと王宮からの手紙を受け取っただけなのである。 いきなり国の命運を左右するような大事を語られても、驚きはあったが正直なところルイズにはピンと来なかった。 何よりも、大切な女王陛下の貴重な時間が自分の為に割かれたことが心苦しかった。 「ルイズ……戦が始まれば、私はあなたに頼らねばなりません。 この度の戦、その勝敗を決するのはあなたの虚無の力に他なりません。故に、わたくしはあなたに時に死ねと言わねばならないかもしれません。 ですから、だからこそ……。わたくしは、自身の口からあなたにこれからのことを伝えて、知って貰わねばならないと思ったのです。 何も知らないあなたを利用するということを、弱いわたくしには出来そうにありませんでしたから……、いえ、これも自己満足の為の行為ですね、でも……」 「ミス・ヴァリエール」 顔を伏せて、感情を抑えて、声を小さくしていくアンリエッタの代わりに、彼女の背後に控えたマザリーニがルイズへと声を掛けた。 「女王陛下はお疲れのご様子。今日のところはこれくらいにして、お下がりください」 ルイズはマザリーニの言葉に労りの気配を感じとると、小さく頷いて無言のままにその場を後にしたのだった。 「思ったよりも元気そうじゃない」 扉から出たルイズに、声が掛けられた。 「ここで待ってたの? 良く衛兵が許したわね」 「ああ、彼ならキーナンとヘンドリックを部屋に連れて行く為について行ったわ。どっちかというと連れていかれたって感じだったけどね」 壁に寄りかかりながら待っていたキュルケが、ルイズに向かってそう言った。 「キーナンとヘンドリック? さっき一緒にいたあの二人?」 「そ。四角い顔がヘンドリックで、甲冑姿がキーナンよ」 ルイズは二人の姿を思い出す。 一人は野戦でも終えてきたかのような肌を露出した服を着ており、その上からでも分かる筋肉質な体に、刈り込んだ黒髪。どことなく雰囲気はウェザーライトⅡで襲ってきたメンヌヴィルという傭兵を思い出させる風体。四角い顔というのは彼の方だろう。 もう一人は建物の中だというのに、年代物の真っ黒な全身鎧を着込んでいた長身。まるで戦場からそのまま抜け出してきたかのような風体。 体はともに大柄。 どことなく違和感を感じてしまうのは、ここが戦場ではないからだろうか。 「モンモランシーがあんたのことを酷く心配していたわよ。ここに到着したばかりでクタクタだった私を捕まえて、いきなりそんなことを言うもんだから、びっくりしちゃったじゃない」 「……別に、大したことじゃないわ。私にも色々あったのよ。それはそっちも同じでしょ」 そう言って、ルイズは改めて目の前に立つキュルケの格好を確認した。 当たり前だが、今のキュルケはマントの下に以前と違って学院の制服は着ていない。 彼女が着ている服は、彼女が以前に好んできていたような胸元が大きく開いたような露出の多いタイプではなく、どちらかというと実務的な軍服に近い服装である。 色は全体的に黒でまとめられており、所々に女らしい配慮や装飾があるもの、基本的には軍人然とした格好である。 そして、ルイズは以前との最大の違いである、短くなったキュルケの赤髪をちらりと見た。 「ああ、これ? これこそ大したことじゃないわよ。単なるおまじないってところ」 「……ふうん」 単なるおまじないで、あの美しかった髪を切ることがあるのだろうかと、ルイズは思った。 ルイズはキュルケが自分の長い髪を大切にしており、丁寧に手入れしていたのを知っていた。 「あんまり人に心配ばかりさせるんじゃないわよ」 「モンモランシーが心配しすぎなのよ。本当に大したことじゃないんだから」 「……まあ、いいけどね。私は明日にはロマリアへ向けて出発するから、何かあるならそれまでに部屋へ来て頂戴」 「明日? ずいぶんと早いのね」 「早い? むしろ遅いくらいだわ。本当なら今すぐでもロマリアへ向けて出発したいところよ。でも、ロマリア行きの船が明日にならないと準備できないって言われたのよ。だから、まあ……しょうがないわね」 思わぬ強い言葉で反論されたルイズが目をぱちくりさせると、キュルケは手を振って再び軽い調子で言った。 「あんた達の為って訳じゃないけど、頑張ってロマリア教皇のハートはがっちり掴んできてあげるから、明日の朝の見送りくらいは、顔出しなさいよね」 そう言うと、キュルケは身を翻してその場を立ち去っていった。 その足音を聞いて、ルイズはキュルケの靴が以前良く履いていたヒールではなく、ブーツを履いていたことに気がついたのであった。 ロマリアへの特使を乗せる船には、トリステインにおいて現在、最も足の速い一隻が選ばれていた。 つまり、それは飛翔艦ウェザーライトⅡである。 ドミニア最高峰のアーティフィクサーが設計開発を行った最新鋭艦、ウェザーライトⅡ。 例え最大の特徴であるスランのエンジンの修理がまだ完了していないとしても、風石炉と、それに連結した飛翔機構を有するフネはハルケギニアにおいて他になく、彼の船がトリステイン最速の船であることは変わりなかった。 そして、そのブリッジでは、コルベールが舵を握っていた。 「現在航路は予定通りに消化。順調すぎるくらいに順調ですね」 そのままの姿勢で、コルベールが前方の床に据えられた、黒く四角い箱に向かって話しかけた。 これは彼が発明した蓄音機という、音を記録するという機械である。 両手が使えない操舵の最中に記録を取る方法として、コルベールが自身の手で船に取り付けたものだった。 朝方アカデミーを出発したウェザーライトは、トリステイン特使とゲルマニアの特使の二人を乗せて、今はガリア領の上空を飛行している。 二基の風石炉は好調そのもので、このまま何事も無くすんなり進めば、昼頃にはロマリアへと到着する見通しであった。 出発当初は緊張して舵を取っていたコルベールも、今では落ち着いて操舵をしている。 この船はコルベールとウルザが協力して造ったといえども、主要な機関の殆どはウルザが一人で作り上げたものである。 操縦だけとはいえ、フネを操る経験の無い彼が緊張してしまったのも無理ないことであった。 何せ、現在この船にはいま一人の設計者であるウルザはこの船に乗っていないのである。 正確には、今この船には、コルベールとモット伯爵、キュルケ、それにお付きの二人しか搭乗していないのだ。 本来舵を取るべきウルザは、トリステインを離れられない事情とやらがあるらしく、その役目をコルベールに譲って、今もアカデミーに残っている。 つまり実質的に乗務員はコルベール一人。それでも問題なく航行可能であるのは、やはりこのフネの特筆すべき特性であるといえよう。 微かな機械の駆動音がするだけの、静かなブリッジ そこにただ一人立つコルベールは、右から左へと周囲を見渡した。 そして彼は少しだけ、寂しい、と思った。 機関部へ行けば黙々と作業をしている自動人形達も居るが、魂無き彼らと共にいて慰められるような、彼が抱いたのはそんな感傷ではなかった。 平均的なハルケギニアの船よりかなり広く取られた、ウェザーライトのブリッジスペース。 前方は全面が硝子のような透明な素材がはめ込まれており、視界は良好。青い海原を雲が後ろへと流れていくのが、存分に眺められる。 開放感溢れる広々とした空間、そこに独りで居るということに寂しさと、ほんの少しの心細さを感じてしまう。 以前の、学院に身を置くより前のコルベールには無かった感情である。 「……良くも悪くも、時間は過ぎ去ったということですね」 トリステイン魔法学院、そこでコルベールは沢山の人に触れた。 騒がしい教室、賑やかな食堂、気さくな教員達、そして、素晴らしい生徒達。 学院という場所では、一度として同じ時間が繰り返されることはない。 生徒達は一年で進級し、三年で卒業していく。 春になれば成長した彼らが巣立っていき、そして希望に満ちた彼らが学院の門をくぐって来る。 同じ教室、同じ授業、それでも一度として同じ生徒達に語ることはない。 一期一会。 ただ一度の出会いは、代わるもののない、かけがえのない出会い。 トリステイン魔法学院、そこで、人との繋がりに対して無感動だった機械のような男は、人との出会いに喜びを覚える暖かな人間になっていった。 そしてそこで、彼はいつしか教師こそが己が天命と思うようになっていた。 そんなコルベールの周りには、いつも人が居た。 生徒、同僚、学院で働く平民達、彼はそれぞれに分け隔て無く接した。 確かに変人と言われることもままあった。 けれど、『教師とは人を大切にする仕事』そんなことを真顔で言う彼に、多くの人は好感を抱いてくれた。 いつの間にか、無意識に己の手のひらをじっと見ていたコルベールは、天井を見上げて静かにその瞼を閉じた。 暗転する視界、そこに焼き付いたように浮かび上がったのは、 〝燃えさかる魔法学院〟〝タングルテールの小さな村〟 そして、笑い声を上げるかつての部下。 『隊長殿』 彼はコルベールのことをそう呼んだ。 決別したはずだった。 この二十年で、忘れたはずだった。 しかし、それは思い違いだった。 過去はいつまでも、追いかけてくる。影のように、足音を立てずに追いかけてくるのだ。 「隊長……」 だから、そう声を掛けられたとき、コルベールは最初それを幻聴だと思った。 「コルベール隊長」 二度目の呼びかけに、コルベールが慌てて背後を振り返った。 ブリッジと船内を繋ぐ扉の前、そこに二人の人影が立っていた。 コルベールには見覚えのない二人組であったが、すぐに心当たりを思い出した。 (そう言えばこのフネには、ミス・ツェルプストーと一緒に搭乗された人たちが……) そのことを思い出すと、コルベールは二人を見た。 二人は共に大柄。身長はコルベールより拳一つ以上高いだろう。 一人はマントを羽織った傭兵風の服装をしており、体つきは筋肉質で、精悍な顔つきで髪は黒の角切り、そこにいるだけで濃厚な戦場の臭いが漂ってくる様な男。 もう一人はそれに輪をかけた様な物騒な姿。体はここ数百年で見なくなったような古めかしい形の黒い全身鎧をに纏っており、身長は横にいる男よりも更に高い。 元々長身なのか、被っている甲冑の頭立てにつけられた後ろへ流された羽根飾りが、扉の頭にぶつかってしまいそうな程である。 特徴的な男達だが、やはりコルベールの記憶に、彼らの姿はない。 「まさかとは思いましたが、やはり隊長でしたか……」 しかしコルベールは角刈りの男の方が、低い声で自分に向かってそう口を開いたのを聞いた。 「君は、誰だね……?」 男はコルベールを知っているらしいが、コルベールには覚えがない。 ましてや自分を『隊長』と呼ぶ人間は…… 「隊長、自分はヘンドリックであります。アカデミーの実験小隊所属でご一緒した、ジェローム・ヘンドリックであります」 「な……」 その言葉にコルベールは目を見開いて、手を口に当てた。 ジェローム・ヘンドリック。その名は確かに聞き覚えがあった。 かつてコルベールが所属した実験小隊、その中で年少だった青年の名が、確かにその名前であった。 「お嬢から名前を聞いてまさかとは思いましたが……本当に隊長であったとは、自分も驚きです」 そう言ったヘンドリックの姿を、コルベールは改めてまじまじと見た。 コルベールが記憶しているヘンドリックは、髪を後ろでお下げにしており、体も印象も、もっと頼りないものであった。 二十年という歳月の積み重ねに、コルベールは驚きを隠せなかった。 「……自分は、だいぶ変わったつもりですが、隊長もずいぶんと変わられたようにお見受けします」 「ああ、いや。たはは……」 そう言ってコルベールは無理矢理表情を作り、ぎこちなく笑うと、自分の頭部をぺちんと叩いた。 その仕草を見て、表情を堅くしていたヘンドリックも、軽く笑みを浮かべる。 「隊長はあの後も、ずっとトリステインに?」 「あ、ああ。それと隊長はよしてくれ、コルベールで構わないよ……。うん、私は魔法学院のオールド・オスマンに拾われてね、それ以来これまでずっと教師として生きてきたのだよ。……そう言う君は?」 気まずそうにヘンドリックの足下を見ながら、コルベールは言葉を返した。 副長であったメンヌヴィルの、あの狂炎の魔人とでも言うべき狂態とは違う柔らかな対応に、最初は強くショックを受けていたコルベールも、やや平静を取り戻しはじめていた。 「は。自分もあの事件の後、隊長……コルベール殿と同様に隊を抜けまして、十年前までは傭兵として暮らしていました」 「十年前まで? それからは?」 「いや、それからはお恥ずかしい話になるのですが……」 巌のような顔を崩して、ヘンドリックが笑った。 笑うと子供のような顔になる、昔誰かがヘンドリックをそう揶揄していたのをコルベールは思い出した。 「ゲルマニアで好きな女ができまして……。それからは傭兵稼業から足を洗い、下級貴族の位を買って、慎ましやかに暮らしておりました」 そう語るヘンドリックは、本当に幸せそうだった。 その顔を見てコルベールは思った。 ああ、この男も、それまでの時間を取り戻すような良い時間を送ったに違いない、と。 しかし、ヘンドリックはそこで言葉を切り、顔を元の巌に戻した。 そして 「その妻も、先のアルビオンの侵攻作戦で亡くなりました」 必要以上に平坦な声で、続けた。 その言葉にコルベールがたじろぐ。 幸せそうに家族を語った男が、石のような堅い声で語ったその言葉に、どれだけの悲しみと苦しみを込めているかを感じ取ったからだ。 だが、次にヘンドリックが取った行動こそ、コルベールを驚かせた。 「隊長。……いや、ミスタ・コルベール。自分は貴男にお願いがあってこの場に参りました」 そう言うと、ヘンドリックはその場にがばりと身を伏せて、頭を床に着け土下座したのである。 突然の行動に驚きを隠せないコルベールに、ヘンドリックは続けて言った。 「お嬢は、あの娘はコルベール殿の教え子だと伺いました。だからこそ、貴男に、我々と同じ境遇のコルベール殿に後のことを託したくこの場に参上しました!」 続いてガシャンと大きな音がし、コルベールがそちらを見やれば、甲冑姿の方も、ヘンドリックと同じ姿勢をとっていた。 「恥を忍んで、お願い申し上げます! 我々がもしも果てたならば、後のことを、お嬢のことをコルベール殿に頼みたいのです!」 その鬼気迫る勢いに、コルベールが一歩たじろいだ。 「な、何を言っているんだ君達は……今の私は、しょせんただの教師で……」 「だからこそ! 教師としてのあなたに頼むのです。コルベール殿の信念と、教師という人生と、この二十年を信じて頼むのです!」 男の声に、涙が混じった。 「元々、我々はお嬢を指揮官にした、爵位が与えられた元傭兵が集まった使い捨ての部隊でありました。そして全員が、アルビオンに大切なものを奪われた者達でもありました。 そして、同じ傷を持つ我々は、共に戦いました」 慟哭。 いつしか、男の声色は懺悔のそれとなった。 「戦いの果て、一人減り、二人減り。最初お嬢を含めて八人だった小隊も、今では自分達二人とお嬢の三人だけとなってしまいました。……お嬢はそのことを、自分の責任として背負い込もうとしているのです。 あのお嬢さんは、優しい娘です。本来自分達のような血生臭い世界にいちゃいけない娘です。 両親の復讐なんてものに、人生を滅茶苦茶にされてはいけない娘なのです! 咎があるのは我々七人。まだ戻れる彼女に、もう戻れないと錯覚させてしまった我々七人。 彼女は違う、自分達のような首までどっぷりと血の池に浸かってしまっている人間とは違う。彼女はまだ、道を踏み外していない。地獄へ落ちるのは、我々七人の仕事、だから彼女には、生き残って元の生活に戻って貰いたいのです」 二人が、同時に面を上げた。 ヘンドリックの瞳に宿っていたのは、決意という名の静かな炎。 ヘルムのバイザーごしに見えない、もう一人もきっと同じ目をしているに違いない。 こんな目をした男達を、コルベールはかつて何度か目にしたことがあった。 だからこそ、彼には分かった。 『この男達は、死ぬ』 彼らの覚悟は決死の覚悟。 それは死を賭して、彼女の体を守ろうという鋼鉄の意志だ。 そして、彼らがコルベールに託そうとしているのは、彼女の心を守るという役目だ。 「私は……私は……」 コルベールは彼らが託そうとしているものの重さに気付き、戦き、 その何も掴めぬ両手で、顔を覆った。 その内に去来するのは、 ――あなたは、私の知ってる先生なんかじゃないっ!―― 愛すべき、生徒から向けられた弾劾の言葉。 コルベールの心に刺さった、棘のような恐怖。 「私はっ !」 臆病なコルベール、逃げ続けてきたコルベール。 己の過去を、恐れ怯える。 哀れな罪人。 ――『詩人の歌』 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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前ページ次ページルイズと博士と時々ダディ 「・・・イズ、ルイズ!もう七時半よ、起きなさい!」 「うーん・・・クックベリーパイの大群が・・・」 箱から聞こえてくる遠くの女性か、近くにいる愛嬌はあるが化け物じみた男性にモーニングコールをされるのならあなたはどちらを選ぶだろうか? ちなみに今ベッドで寝ている少女は前者を選んだ。 一向に起きる気配を見せないが。 「仕方ないわね・・・ダディ聞こえているのならルイズを起こして」 「~~~~(了解)」 軽く返事をするとダディはルイズを抱き上げて揺さぶった。 娘を腕に抱えて子守をする父親の様に、というほどやさしくは無かったが・・・ 「むう・・・何なのよ、ってうきゃああああ!!??」 ダディを見るなり盛大に奇声を上げて飛び起きる。 確かに目が覚めていきなりダディがこっちを見ていたら誰だって驚に違いない。 部屋にサイレントの魔法がかかっていなかったら隣人どころか、はす向かいの生徒にまで響いていただろう。 「ルイズ、少し落ち着きなさい。それはダディよ」 「なんだダディだったのね・・・って何でミス・テネンバウムじゃなくてダディが起こしてるのよ!」 「起こしたわよ何回も!それで今こんな時間なのよ」 「こんな時間だなんて、まだ七時じゃない」 「・・・ルイズ時計止まってないかしら?もう七時四十分よ」 「・・・と、と、止まってるゥゥゥ!」 こうして朝食を取る間も無く、授業に遅刻しかけたルイズであった。 ルイズと博士と時々ダディ Chapter3 ダディに乗せてもらう方が楽だが、急ぎの時にそんな横着は流石にできないので自分で走ることにした。 ちなみに無線機は博士が授業を聞きたいというのでダディに持たせた。 「あら、ルイズ。遅刻ギリギリね」 「うるさいわね!間に合ったんだからいいじゃない!」 全力疾走の後なので、昨日と違って余裕が無いルイズである。 「ルイズ、そんなに苛立たないでもいいんじゃない」 「わ、わ、ミス・テネンバウムしゃべっちゃ駄目!」 「ルイズ・・・誰と話してるの?」 「それは何?」 キュルケとその横に座っている少女タバサが、使い魔の持っている箱と会話しているルイズを見て、昨日のシエスタの様な顔でそう尋ねてきた。 「キュルケには知られたくなかったのに・・・」 「まあそう落ち込まないで・・・そして、初めましてキュルケ。私の名前はブリジット・テネンバウム博士よ」 「「箱がしゃべった!」」 キュルケはともかく、普段一切表情を変えないタバサまで驚きの表情を見せた。 ルイズもはじめて見た時は同じリアクションを取ったが、なぜか二人のリアクションを見て優越感に浸っていた。 「ル~イ~ズ~これが何なのか、はっきり説明してくれるかしら?」 「説明を要求する」 「そ、そんな事より、ほら授業が始まるわよ」 ルイズは二人の追及を何とか凌いだが、この後質問攻めに遭うだろうと覚悟を決めていた。 しばらくすると教師らしき中年の女性が入ってきた。 彼女の名前はシュヴルーズ、土のトライアングルクラスである。 「皆さん、春の使い魔召喚の儀式は大成功のようですね」 そう言って生徒と使い魔を一通り見渡し、ルイズとダディに目が留まって一言 「中にはゴーレムを使い魔として召喚した人もいるようですね」 その一言で生徒の一部が笑い出した。 「ゼロのルイズ!召喚に失敗したからって、実家からゴーレムを送ってもらうなよ」 やや太り気味の生徒マリコルヌがそう煽ると、他の生徒達も笑い出した。 「違うわよ!ちゃんと召喚したんだから・・・ってダディ?」 立ち上がって反論しようとしたが横にいたダディがいないことに気づいた。 「な、何だお前!近寄るな!」 ダディは無言でマリコルヌの方へ歩いていた。 只今の状況 マリコルヌはルイズを馬鹿にした ルイズはそれに対して怒っている ダディはルイズの使い魔である マリコルヌに接近中 この状況でダディがマリコルヌに行う事は誰だってわかる。 「は、放せ!こいつ!」 ダディがマリコルヌの胸倉を掴み軽々と持ち上げ、壁に叩きつけようとする。 「ダディ、そこまでよ!」 しかし、ルイズがそう言いながら近寄りダディを止めようとする。 「私のためを思ってやろうとしたのは分かるけどそれはやりすぎよ!」 「・・・・ (いかん、頭に血が上っていた・・・)」 ルイズに説得されダディはマリコルヌを解放した。 ここでルイズが説得していなかったらスプライサーよろしく命が無かっただろう。 「はい、そこまでです。ミス・ヴァリエールとミスタ・グランドプレ」 ここでようやくシュヴルーズが止めに入った。 「ミスタ・グランドプレ、事の発端は貴方の軽率な発言が原因です。反省しなさい」 「ミス・ヴァリエールも使い魔をちゃんと管理するように注意しなさい」 ルイズは素直に返事をしていたが、マリコルヌは屁理屈を言っていたので口に赤土の粘土をぶち込まれていた。 「それでは授業を始めます」 テネンバウム博士は授業を聞きながら、ルイズの世界における魔法がどういう物かをまとめていた。 科学者にしてみればこれほど面白い物は無いだろう。 魔法には四大系統というものがあり『火』『水』『風』『土』に分かれている 現在は失われた虚無という系統がある。 シュヴルーズの話によると『土』の系統が日常において必要不可欠なものである。 (錬金、固定化etc…) (魔法がこっちで言う科学の代わりのような物ね) 魔法の役割を簡単に理解するのにはちょうどいい授業であった。 ちなみにラプチャーではプラミスドと呼ばれる魔法のような物があったが、 ここの世界のような凡庸性に優れた物ではなかった。 「・・・では、ミス・ヴァリエール。今説明した錬金をやってみて下さい」 「分かりました」 その一言でクラス全員が一気にざわめいた。 そして横にいたキュルケがシュヴルーズに進言する。 「先生、それは危険です」 「危険?理由を説明してください」 「ルイズの魔法をご覧になるのは初めてですよね?」 「キュルケ、止めないでよ」 「そうですよ、ミス・ツェルプストー。何事もやってみるまでは分かりませんからね」 (一体何が危険なのかしら?) (ルイズの傍にいた方がいいな・・・) (召喚も成功したんだから・・・絶対に成功させてやる!) 各自いろいろな思考が飛び交っている中、生徒達は机の下に隠れたり教室の外に出たりしている。 周囲の慌て方を見てダディは不思議な気分になっていた。 (大げさじゃあないのか?) そう思ってルイズの方に顔を向けると、ルイズが杖を振っている。 その刹那、閃光、爆音、衝撃の三重奏が降りかかる。 生徒たちが退避行動を取った理由が理解できた。 「ちょっと失敗したみたいね」 「どこが『ちょっと』なのよ・・・」 キュルケのツッコミの後、クラス中からブーイングが来た。 (やれやれだ・・・) ルイズは現在昼食を取りにアルヴィーズの食堂にいるが、何やら落ち込んでいる。 原因は先ほどの錬金である。 ちなみに教室での爆破で先生に片づけを命じられたがそれはダディに任せた。 「・・・ねえルイズ、さっきバカが言ってたゼロのルイズって言うのは・・・」 「そうよ、いつも魔法を使おうとすると爆発するのよ」 「・・・」 「『ゼロのルイズ』っていうのはそういう事・・・」 「・・・イズ」 「ダディの召喚に成功したから今度こそできると思ったのに・・・」 「ルイズ」 「ん、何?」 「その事を相談できる相手はこの学園に居るのかしら?」 「・・・居るわけ無いじゃない」 「じゃあ今までその悩みを自分の中にため続けていたのね?」 「・・・・」 「顔も見えない相手でメイジでもないけれど、打ち明けを聞くことぐらいならできるわよ」 「・・・ありがとう、ミス・テネンバウム」 (あとでキュルケ達にどうやって説明しようかしら・・・) 新たな目標:キュルケ達に説明をする 前ページ次ページルイズと博士と時々ダディ
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ルイズが召喚したのはよく分からない薄い箱だった。両手で掴むとしっくり来る程度のサイズで、ツルツルしているのにガラスのような硬度は無い不思議な感触。 コルベールが言うには天地が吹っ飛ぶほどの魔力が込められているらしく、呆然として契約してしまった後でオスマンまで一緒になって調べていた。 まあとにかく凄い使い魔だということで、相変わらず魔法は使えずともゼロだのなんだのとは言われなくなったのだが、学校のメイジ全員をかき集めても使い方が判らないというのだけが問題だ。 研究だ何だと理由をつけて取り上げられてしまっていたが、召喚の儀式から2回の虚無の曜日を挟み、今さっき渋い顔をしたコルベールが部屋に持ってきてくれた。 「ミス・ヴァリエール。ともかく凄い使い魔なのだから、大切にしなさい……」 と言っていたが、ならいきなり取り上げる事は無いんじゃないかなと思うルイズである。ともかくまずは自室の机に座って、台形に近い形の使い魔をじっくりと見つめた。 左側に十字の突起があり、右側には○と×のかかれた丸い突起がついている。色は全体的に蒼いが、突起の間には白い長方形が描かれており、そこが最もツルツルしていて不思議な感じだ。 厚みは2セントほどで、裏側と思われる方にはプロアクションリプレイなる文字が書かれていた。ミスタ・コルベールはそんな事を言っていなかったけれど、見落としたのだろうか? 文字の下には使い魔のルーンがしっかりと刻まれており、やはりこの不思議な箱が使い魔なのだと再認識する。 「ほえっ?!」 振ったりひっくり返したりしていたら、ピコーンという耳慣れない音が響く。うっかり落とすところだったが、なんとか持ち直して表を向けた。 長方形の部分が光を発しており「ホンセイヒンハ ヤマグチノボルシ ノ セイシキナ ショウヒンデハ アリマセン」という文字が浮かんでいる。はっきり言って意味不明だ。 分からないのでとりあえず×のボタンを押してみると、長方形の部分がめまぐるしく色を変え始めた。 -ゼロの超インチキな使い魔- みたことも無いほど色鮮やかな何かのマークが浮かんだと思ったら、再び画面に文字が現れた。ルイズは興奮に肩を震わせながら見つめる。 長方形の中の左のほうに、上から順に「マホウ」「スキル」「ステータス」「アイテム」等と並ぶ。十字の突起で上下を選べるようだ。 出来るだけ刺激を与えないように箱をそっと机の上に置き、細心の注意を払いながら最も興味のあった「マホウ」を選択して○を押した。再び画面に光が踊る。 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 「カゼLV-- ツチLV-- ミズLV-- ヒLV-- キョムLV00 セイレイLV--」 「カイゾウ シタイ コウモクヲ エランデ クダサイ」 現れたのはそんな文章だった。まだよく分からないが、キョムLV00というのがルイズの目を引く。他のは--なのにこれだけ数字だ。 まさか自分が虚無の訳がないが、勝手に自分の名前が書かれていることを考えると、もしかして魔法の才能を見られるマジックアイテムなのかとルイズは思った。 十字を動かしてキョムLV00を選択し、○を押すと再び画面が切り替わる。 「キョムLV■■」 「ジュウジキー ノ ジョウゲ デ センタクシテ クダサイ」 「ケッテイ○ トリケシ×」 ゼロという数字が非常に気に食わなかったので、とりあえず限界まで上げて○を押してみた。確認の文字が出たが当然○だ。 「……?! な、なによこれっ!」 頭の中を無数の呪文が駆け巡っていく。エクスプロージョン、イリュージョン、ワールドドア、ディスペル……。 同時に世界がクリアになったかのように広くなり、体の中の魔力とその扱い方が息をするみたいに分かった。まさか、そんなわけが……。 「い、イリュージョン!」 一番安全そうだった呪文を唱えながら杖を振ると、机の上に手の平サイズのちぃ姉さまが現れた。これはヤバイ。マジでヤバイ。 使い魔を見ると先ほどの文字に切り替わっていたが、キョムLV00がキョムLV99に変わっている。もしかして虚無極めちゃったとか? 鼻息を荒くして片っ端から選択し、同じように表示されていた魔法全てを限界まで上げた。温度も空気の流れも敏感に感じるようになったきがする。ついでにフヨフヨしてるセイレイまで見えた。 「錬金! 偏在!」 魔法は当然のように成功。今までの努力は何だったのかと小一時間ほど文句を言いたくなり、金の山を前に偏在で20人に増えた自分同士であれこれと言い合う。 瞬時にして全ての魔法をマスターしてしまったルイズは、更なる物を求めて使い魔を手に取った。 「私は生まれ変わった! 無敵として! 最強として! おお、世界はこんなにも素晴らしい!」 あれからステータスの部分も弄り、魔力やら回復率やら体力やらも限界まで上げた。力とか素早さは筋肉ムキムキになったら嫌なのでちょっとにしておいた。 胸のサイズも変えられたが……。部屋が胸でひどい事になったので保留にした。あんなにいらないよ、というわけで相変わらずのツルペタ。 でもいつでも巨乳になれると思えば、重いものを常にぶら下げているより余程よい。もう一晩中走っても疲れないけどね。 試しに自分の部屋が金で埋まるほど錬金してみたけれど、どんなに魔法を使っても殆ど魔力を使わないし、使っても瞬きをすれば直っているので使い放題だ。杖を持っているフラグとやらを立てたら素手でもよくなった。 出会った人間全てに抱えるほどの金貨と水の秘薬を押し付けながら食堂に行き、1本で家を買えるほど高価なワインを増産して厨房に持っていく。もう目の前はバラ色過ぎた。 廊下に蒔いて歩いた金を取り合う生徒を肴に、豪華な料理と最高のワインに舌鼓をうつ。たまに流れ弾が飛んでくるけれど、カウンターを使っているのでルイズだけは平穏。 ワイングラスを傾けながらデザートを待っていると、タバサという生徒が心を直す薬とやらの話をしてきた。機嫌は最高潮なのでシャワーで使えるほどプレゼントする。この幸せを皆で! ……その日から本当に色々な事があった。 例えばワールドドアで実家に日帰りして、ちぃ姉さまを水の秘薬を沸かしたお風呂とマジックアイテムを駆使して治したのが次の日。 ハヴィランド宮殿にワールドドアで直接行って、周囲を取り囲んでいたレコン・キスタを40人の偏在と100体の巨大鋼鉄ゴーレムで完膚なきまでに叩き潰したのが一週間後。 アンリエッタとウェールズ皇太子との結婚パーティーが1ヵ月後。 タバサの要望でガリアに突撃して、シャルルを生き返らせた後で泣き崩れるジョゼフを蹴り飛ばし、タバサが女王になったのが2ヵ月後。 始祖ブリミルの再来だとか言われて、ロマリア教皇になれだのなんだのと信仰され始めたのが、たしか半年後。 頼まれたので四つの四とやらを増産して四百の四(ルイズに全ての使い魔のルーンフラグを立てた)にして卒倒されたのだけはよく覚えている。 ちなみに現在、200台のタイガー戦車(ガンダールヴにした兵士が操縦)と共に聖地を目指している真っ最中だ。 でも砂漠は暑くて嫌だったので、MAP属性を変更して草原に変えた。だって土ぼこりで煙いんだもん。皆も喜んでるしこのぐらいはOKよね? 先行で飛んでいった50機のゼロ戦部隊(同上)はもうついている頃かな。ワールドドアでいけるフラグは立ててあるんだけど、やっぱり折角だから最初ぐらい自分の足で行かないと。 「おお! 見えてきましたぞー!」 髪の毛をふさふさにしてあげたコルベールの声が戦車の中から響いた。一緒に装甲の上に座っている皆も興奮した声を上げる。 ガンダールヴなシエスタ、ミョズニトニルンにしてヴィンダールヴなタバサも楽しそうだ。キュルケはゼロ戦に乗って先に行ったはず。 ワルドは母親を生き返らせると極度のマザコンが発症してしまい、赤ちゃんルックで「ママ、ママ」とすがり付いていたので連れてこなかった。あの光景は実に忘れたい。 「とうとう来ましたね! 何があるんでしょうか!」 「ふふん。それを確かめるのよっ!」 地平線の向こうに影が見える。はたして聖地には何があるのかしら? 召還した物 プロアクションリプレイ
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前ページ次ページゼロの黒魔道士 みんな…… ありがとう…… さようなら…… ボクの記憶を空へあずけに行くよ…… …空の向こうって、こんなに人がいるんだっけ…? ―ゼロの黒魔道士― …たしかに、ボクは動かなくなってしまったはずだった… …不思議と怖くないやって思ってた みんなとめぐり逢えたから、だよね、きっと… …死ぬときって、「光に包まれる」って表現があるって聞いてたけど… 「…人形?いえ、人なの?」 …光に包まれて、気づいたら青空が広がっていた… 「まさか、私、平民を召還しちゃったの?」 …ひょっとして、ここが空の向こうの…天国とかなのかなぁ…? 「あんた、何?」 …空の向こうにも、こんなに人がいっぱいいて… 「あんた、何なの?」 …空の向こうにも、しっかりと草や木が生えていて… 「あんた、何なのよ!?」 …空の向こうにも、モンスターがこんな…モンスター!? 「ちょっと、聞いてるのっ!?」 「わわわっ!?モンスター!?」ゴッ 「キャッ!?」ドサッ 慌てて立ち上がる。戦闘になる、と思ったんだ。 何かにぶつかった音と、悲鳴、何かが落ちたような音が聞こえた気がした。 「誰がモンスターよっ!?」 声が聞こえたんだ。それも、かなり怒ってる声が。 「え…いや、だってドラゴンとか、アーリマン…かな?色が黒いけど…襲ってきたら危ないよ?」 どこからか聞こえる声に思わず答える。どこから聞こえるんだろう?かなり近い気が… 「あぁ…あれは使い魔だから襲ってきたりしないわよっ!!召喚されたばっかりだけど、メイジの言うことはちゃんと聞くわ!!」 「使い魔?メイジ?」 使い魔やメイジという単語は耳慣れなかったけど、召喚っていうのは聞いたことがある。 エーコやダガーおねえちゃんが使っていた召喚獣を呼び寄せる魔法だ。 …ってことはあのドラゴンも、アーリマンみたいなのも、犬みたいなのも、フクロウみたいなのもみんな召喚獣なのかなぁ…? 「それより!いい加減そこからどきなさいよっ!!」 「え?え?」 なんだかしらないけど、声の主はものすごく怒っているらしい。一体どこにいるんだろう? 「貴族を散々無視しといてくれてっ!!いきなり頭突きして!!しかもその上に足で踏みつけて!!!そんなことが許されると思ってるの!!この平民っ!!!」 「え!?わわわわわわわっ!!!ご、ごめんなさいっ!!!」 声の主は足元にいたんだ。ピンクの髪の毛の、きれいだけど、かなり怒っていてキビシそうなふいんきの女の子が。 慌てて飛びのいたんだけど、まだまだ怒っているみたいだった。 「まったく…せっかく召喚できたと思ったら!!こんな無礼な平民だったなんてっ!!…あんた、何で誰なのよっ!!!」 「え、あ、あの、その、へ、平民って…ボクのこと…ですか?」 土で汚れた服をパンパンッと払いながら立ち上がったその子は、やっぱりかなり怒ってた。 だから、思わずかしこまっちゃったんだ。 「そうよ、あんたよ、あんたっ!!!!全く…あんた、名前は何っ!?」 「え、ぼ、ぼ、ボクは…」 ~プロローグ~ビビの冒険 前ページ次ページゼロの黒魔道士
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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第九話「泥まみれ少年ひとり」 凶獣ルガノーガー カプセル怪獣ミクラス 登場 魔法学院を訪れたアンリエッタ王女から、内乱の続くアルビオンから彼女がウェールズ皇太子にしたためた、 ゲルマニアとの軍事同盟に破局をもたらす危険な手紙の回収を命じられたルイズと才人。盗み聞きをしていたギーシュと、 アンリエッタの遣わしたグリフォン隊隊長でルイズの婚約者であるワルドも加えた四人でアルビオンに向け 旅立つこととなったが、ルイズは久しぶりに会うワルドに戸惑い、才人はそんな彼女の様子に不機嫌さを隠せない。 だが二人の思いを置いて、事態は突然急展開を見せる。港町ラ・ロシェールを目指す道の途中で、空から 凶獣ルガノーガーが一行の前に立ちふさがったのだ! ルガノーガーのおぞましき牙が、ルイズたちに襲いかかる! 「アオ――――――――ウ!」 「ワルド! 怪獣よ! こんな時に、よりによって私たちの目の前に出てくるなんて!」 「まずいな……私だけでは、到底太刀打ちできない」 前兆もあったものではないルガノーガーの出現に、魔法衛士隊の歴戦の戦士のワルドも冷や汗を垂れ流した。 彼がそうなのだから、地上のギーシュは哀れなくらい恐慌状態にあった。 「き、きみ! 大変だ! 大変だよッ! 危険な任務だとは分かってたが、怪獣が立ちはだかるなんて聞いてないよ!? あわわわ、早く逃げないと! しかしラ・ロシェールは怪獣の向こう……いやしかし、命を拾えなかったら そもそも任務はぁ!?」 「落ち着けよッ!」 あまりに取り乱すギーシュに、才人は思わず一喝した。すぐにゼロに変身して立ち向かいたいところだが、 隣のギーシュの目がある。いきなりいなくなっては、彼に怪しまれるに違いない。 「ゼロ、ここは……」 『ああ。カプセル怪獣の出番だな』 ゼロの許可が下りたので、才人はギーシュに気づかれないように銀色の小箱から青いカプセルを取り出し、 素早く投げ飛ばした。 するとカプセルから、ウインダムと同じカプセル怪獣が現れて大地に立つ。バッファローのような角を持つ 怪力自慢、ミクラスだ! 「グアアアアアアアア!」 「むッ!? もう一匹の怪獣が!」 ワルドが身構えるが、ルイズは出現のし方から、ミクラスがカプセル怪獣であることを察した。 果たしてミクラスは、ルガノーガーへと突進してルイズたちを攻撃しないように食い止め出す。 ミクラスのお陰で幾分か落ち着いたルイズがワルドに提案する。 「ワルド、一旦地上へ、サイトたちの下へ降りましょう」 「うむ、そうだね。怪獣相手に単騎で飛んでいては、逆に危険だ」 ワルドはすぐに従い、騒いでいるグリフォンを落ち着かせると、地上へと降下させた。そして才人とギーシュに向かって告げる。 「怪獣たちが戦っているのに乗じて、林に身を隠しながら先に進もう。馬もちゃんと連れてこいよ」 その言葉の通りに、四人は林の間に身を投じた。 ルガノーガーを差し向け、ルイズたちのことを観察している一団は、ミクラスがルガノーガーに 挑むところもしっかり見ていた。すると丸い頭の影が命ずる。 『そんな怪獣など、お呼びではないのだ。ルガノーガー、さっさと始末してしまえ!』 「アオ――――――――ウ!」 「グアアアアアアアア!」 ルガノーガーは左腕の首で自分を押さえつけているミクラスの腕に噛みついた。激痛を感じた ミクラスがひるんでいると、右腕の首に脚を噛みつかれる。 「グアアアアアアアア!」 「アオ――――――――ウ!」 ミクラスはそのまま持ち上げられ、放り投げられた。横に倒れたミクラスが地面に叩きつけられると、 それにより発生した震動でルイズたちは足を取られる。 「きゃあッ!」 「ルイズ! 大丈夫かい?」 よろけるルイズをすかさずワルドが支えた。 「え、ええ。ごめんなさい……」 「気にすることはない。婚約者を助けない男はいないのだからね」 こんな時にも甘い台詞を吐くワルドを、才人がじとっとにらんだ。 「アオ――――――――ウ!」 一方で、ルガノーガーは三つの口から青白い熱線を吐き、倒れたままのミクラスを攻撃した。 「グアアアアアアアア!」 三条の光線の威力はすさまじく、タフネスが売りのはずのミクラスをたちまち瀕死の状態にまで追い込んだ。 「! 戻れミクラスッ!」 それに気づいた才人がすぐにミクラスをカプセルに戻した。 ミクラスをあっさりと破ったルガノーガーは、ルイズたちの方へ振り返る。彼女たちは、 ルガノーガーからほとんど離れていない。 「うわぁー! こっちを見たぁッ!」 「アオ――――――――ウ!」 そしてルガノーガーの両肩の赤い角から、赤い稲妻がほとばしってルイズたちを林の木々ごと吹き飛ばす! 「きゃあああああああああああッ!」 大規模な爆発で四人が散り散りに吹き飛ばされる中、才人はこの混乱に乗じてウルトラゼロアイを装着した。 「デュワッ!」 瞬時にウルトラマンゼロの巨体が大地に立ち、ルガノーガーの前に立ちはだかった! 「きゃあああああああッ!」 爆風で吹き飛ばされたルイズだが、地面に叩きつけられる前に、ワルドが『レビテーション』を掛けて救った。 助けられたルイズは、ゼロの姿を目にすると、ワルドに尋ねかける。 「ギーシュはどうなったの!? ……後、サイトも!」 怪しまれないように、才人も居所を知っていながら聞いておく。 「分からない。君を助けるだけで精一杯だったから……」 「そんな……!」 さすがにギーシュの身を案じていると、いきなり場違いな女性の声がした。 「ギーシュ、しっかりしなさいよ。『フライ』くらい使いなさいな」 「め、面目ない。あまりにも恐ろしい目に遭ったから、気が動転してね……」 ゆっくりと宙に降ろされたギーシュが言い訳している相手は、何とシルフィードに乗ったキュルケだった。 もちろんタバサも一緒だ。いるはずのない二人の姿に、ルイズは思い切り面食らった。 「キュルケ!? あんた、何でここにいるのよ!?」 「はぁいルイズ。実は朝がた、窓からあんたたちが出かけようとしてるのを見て、タバサを叩き起こして 後をつけてきたのよ。そしたらいきなり怪獣が出てきて、ギーシュが危なかったから助けてあげたの。 感謝しなさい、ギーシュ」 短く説明したキュルケは、ルイズ、そしてワルドに目配せをした。 「あなたと、おひげが素敵な殿方と……ダーリン、サイトはどうしちゃったの? タバサ、あなた知ってる?」 「知らない」 二人がいるはずのない才人を捜して辺りを見回すので、ルイズがすぐにごまかす。 「サイトは遠くに飛ばされちゃったみたいだけど、多分大丈夫だわ。あれでかなり頑丈だし」 「そうよね。何だかんだでいつも、ひょっこり帰ってくるものね」 「彼はこのぼくに勝利したんだ。自分の身くらい自分で守る力があって当然だろう」 「それは関係ないと思うけど」 才人を捜すのをやめさせると、五人でゼロとルガノーガーの戦いの巻き添えを食わないように 急いでその場から退避していった。 ゼロは宇宙空手の構えを取ったまま、ルガノーガーと対峙している。 『ミクラスを簡単に倒すとは、かなり手強い怪獣のようだな。だが、負けるつもりはねぇぜ!』 唇を親指でぬぐっていると、ルガノーガーが再び熱線を放射して攻撃してきた。 「アオ――――――――ウ!」 それを飛びすさってかわしたゼロは、着地と同時にワイドゼロショットを発射する。 「セアッ!」 光線はルガノーガーの真正面に直撃したが、その胸部には少しも吸い込まれていかず、 四方八方へ弾かれて霧散した。 『何ッ!』 ルガノーガーの胸部の装甲は反射板のような構造になっており、光線を弾く仕組みになっているのである。 そして優れているのは防御だけではない。三つの口からは強力な熱線を吐き、肩の角からは赤い稲妻を放つなど、 全身に武器が存在するのだ。野生の怪獣とは思えないほどの能力の高さに、ルガノーガーは何者かが作り出した 怪獣だと言われることがある。 「アオ――――――――ウ!」 再度ルガノーガーの攻撃する番となる。肩の角から赤い稲妻を走らせる。その攻撃はゼロだけを狙っておらず、 辺り一面へ見境なく飛んでいく。もちろんルイズたちの方にも、だ。 『させるかッ!』 するとゼロは広大な面積の光のバリアー、ウルトラゼロディフェンサーを張り、自分のみならず ルイズたちのことも稲妻から守った。稲妻がやんだところで、すかさずゼロスラッガーを飛ばす。 「ジュワッ!」 ゼロスラッガーは見事角を切り落とした。これで厄介な稲妻攻撃はもう使えない。 「アオ――――――――ウ!」 『へッ! 来やがれ!』 怒り狂ったルガノーガーが三つの口にズラリと生えた牙を剥き出しにしながら、ゼロへ走っていく。 ゼロはそれを素手で迎え撃ち、肉弾戦での勝負となる。 「ドリャアッ!」 「アオ――――――――ウ!」 ルガノーガーの両手の牙を払いのけ、横拳を入れるゼロ。ルガノーガーは恐竜型らしく接近戦でも強い怪獣だが、 ゼロだってレオから授かった宇宙空手をマスターしている。力はあっても技のないルガノーガーの攻撃をさばくことは 簡単なことだった。 『おらおらおらぁッ!』 強烈なパンチを連続で叩き込んでどんどん押していく。だがその時、先端が針のように鋭くなっている ルガノーガーの尻尾が持ち上がり、素早くゼロの肩に突き刺さった! 『うぐッ!?』 「アオ――――――――ウ!」 ただ刺さっただけではない。尻尾からゼロのエネルギーが吸い取られていく! すぐにカラータイマーが 点滅を始め、ゼロは片膝をついた。 「グッ……セアァッ!」 しかしすぐにゼロスラッガーを片手に持ち、尻尾を切断してどうにか難を逃れた。一旦距離を取るも、 消耗したエネルギーは回復しない。 『ゼ、ゼロ! 大丈夫か!? 戦えるのか!?』 才人が焦って聞いてくると、ゼロは息を切らしながらもうなずく。 『当たり前だぜ! ……って言っても、これだけエネルギーを失ったら、強力な光線技を撃つのは難しいな……』 『それってまずいんじゃないのか!? あの怪獣はまだまだ余力あるのに!』 『心配するなって! 光線技が使えないのなら、武器を使うまでだ!』 とゼロが言うと、ウルティメイトブレスレットのランプ部分が強く光り、そこから赤と青に彩られた石突の槍が現れた! 『うおッ!? こんなすげぇの持ってたのか!』 『ウルトラゼロランスだ! 見てろよぉーッ! ぜりゃあああッ!』 ゼロはすぐにそのウルトラゼロランスを、力一杯に投擲する。すると槍はルガノーガーの胸部に命中し、 反射板となっている装甲を易々と貫通した! 「アオ――――――――ウ……!」 大ダメージを受けたルガノーガーはたちまち活力を失い、ダラリと腕を垂らした。だがまだ息はある。 『すっげぇ威力ッ!』 『へへッ! そしてこいつで、フィニッシュだぁーッ!』 ゼロはとどめとして、ゼロスラッガーを空中に固定すると、ふた振りとも回し蹴りで勢いをつけて飛ばした! 父親ウルトラセブンの大技、ウルトラノック戦法を応用した、ウルトラキック戦法である。 いつもよりも更に速く宙を切り裂いていったゼロスラッガーはルガノーガーの胴体を突き抜け、 仰向けに倒れさせると、その身体が大爆発を起こした。 「ジュワッ!」 ルガノーガーに勝利したゼロは、いつものように大空へと飛んでいった。 戦いをながめていたキュルケは、ゼロの勝利に感嘆してため息を吐いた。 「相変わらずすごい強さねぇ、ウルトラマンゼロ。あんなに恐ろしい怪獣まで、あっさりやっつけちゃうんだもん。 武器まで使うなんて、むしろずるいくらいだわ」 「色んなことが出来る……」 タバサも感心してつぶやいた直後に、林の中から才人がひょっこり顔を出した。 「おッ、いたいた! 何でキュルケとタバサまでいるんだ?」 「あーん、ダーリン、どこ行ってたのよぉ! いっつも心配ばっかりさせるんだからぁ!」 「キュルケ! すぐ引っ付こうとするんじゃないわよ! サイトは私の使い魔なの!」 才人がキュルケたちのいる理由を説明されてから、ラ・ロシェールへの移動を再開しようとするのだが、 ここでギーシュが渋面を作った。 「怪獣が倒されたのはいいんだが、困ったことが起きたよ。さっき吹っ飛ばされたせいで、 馬がダメになってしまったんだ。次の駅はまだ遠いのに、ぼくとサイトの足がなくなってしまったよ」 「あら、そんなこと、何も問題ないわ。シルフィードがいるじゃない。シルフィードなら グリフォンと並走も出来るし。ねッ、タバサ、いいわよね?」 「構わない」 キュルケの提案とタバサの許可により、才人とギーシュはここからシルフィードで向かうこととなった。 「ルイズ、タバサと連れてきた私にちゃんと感謝しなさいよね」 「何でわたし限定なのよ!」 相変わらずキュルケにからかわれるルイズの背後で、シルフィードを一瞥したワルドが小さく、 憎々しげに舌打ちした。 ……ルガノーガーはゼロの手によって撃破されたが、この戦いはルガノーガーを差し向けた者たちに 一部始終を監視され、同時にゼロの能力が分析されていた。 『ウルトラマンゼロ、予想以上の強さだ。まさかルガノーガーまで圧倒するとは……』 『しかも奴はこのハルケギニアで、まだ能力の全てを見せていない。他にも隠された力があるはずだ。 奴が浮遊大陸に来る前に、それを出し切らせなければ……』 角張った頭の影と丸い頭の影が話し合うと、それを受けて、細身の影が腕を上げた。 『ではもう一体、怪獣をぶつけるとしよう。次の襲撃場所は、空だ!』 ルガノーガーの襲撃後は、ルイズたち一行はすんなりとラ・ロシェールに到着した。 入り口で怪しい男たちがこちらに矢を飛ばしてきたりもしたが、空を飛んでいるこちら側の敵ではなかった。 ひっ捕らえた男たちは自らを物取りだと主張し、特に問題もないようだったので放置することにした。 しかし到着してから一つ問題が発生した。アルビオンに向かう船は、トリステインとアルビオンが 最も近づく明後日の朝、ハルケギニアの二つの月が重なる『スヴェル』の月夜の翌日にならないと出航しないという。 しかしこればかりはどうしようもないので、ラ・ロシェールの宿で二泊を過ごすことが決定された。 そしてひと晩過ごした後の、宿のギーシュとの相部屋で、才人は物思いに耽っていた。 そこに、鞘から少しだけ刀身を出したデルフリンガーが尋ねかけてくる。 「どうした相棒。悩み事かい?」 「別に、何でもねえよ」 「そうかあ? そんな風にゃ見えねえけどね」 デルフリンガーの言う通り、才人はワルドのことを、もっと言えばワルドと比べた自分のことを考え込んでいた。 ワルドがルイズに親しそうに接しているところを目にする度に、どうも不快な気分になる。 ルイズにベタベタするな、と言いたくなる。だが、向こうは仮にもルイズの婚約者で、自分は使い魔。 立場的にもそんなことは言えないし、仮に言ったところで、自分がワルドに勝っている部分など一つもない。 今の才人はウルトラマンゼロ。だがそうなったのは単なる偶然で、ゼロの力は断じて才人のものではない。 ゼロがどれだけ強くても、八面六臂の活躍をしても、それは才人自身の評価には何ら影響されないのだ。 才人個人は、異世界に放り出されたただの人。何の因果か『ガンダールヴ』という伝説の使い魔の力を手にしたが、 それはおおっぴらには宣伝できない。れっきとした軍人で貴族のワルドに、身分で敵うはずがなかった。 自分をワルドと比較して気を落としていると、扉がノックされた。ギーシュはまだ隣のベッドで グースカ寝ているので、しかたなく才人がドアを開けた。 そこに立っていたのは、ワルドその人であった。 「おはよう。使い魔くん」 「おはようございます。でも、出発は明日の朝でしょ? こんな朝早くにどうしたんですか」 自分を悩ませる相手が実際に目の前に現れたことで、より気分を害した才人がとげとげしく聞くと、 ワルドは反対ににっこり笑った。 「きみは伝説の使い魔『ガンダールヴ』なんだろう?」 「え?」 いきなりそのことを言い当てられ、才人はきょとんとした。するとワルドは、なぜか誤魔化すように、 首をかしげて言った。 「……その、あれだ。フーケの一件で、僕はきみに興味を抱いたのだ。さきほどルイズに聞いたが、 きみは異世界からやってきたそうじゃないか。おまけに伝説の使い魔『ガンダールヴ』だそうだね」 「はぁ」 「僕は歴史と、兵に興味があってね。あの『土くれ』を捕まえた『ガンダールヴ』の腕がどのぐらいのものだか、 知りたいんだ。ちょっと手合わせ願いたい」 「手合わせってつまり、殴りっこ?」 「そのとおり」 ワルドの挑戦に、才人は闘志を燃やした。ワルドはギーシュなんかよりもずっと強いようだが、 こっちだって『ガンダールヴ』の力がある。勝負にならない、なんてことはないはずだ。 『ガンダールヴ』の腕の冴えをルイズの婚約者に見せつけてやる、と才人は思った。 「どこでやるんですか?」 「この宿は昔、アルビオンからの侵攻に備えるための砦だったんだよ。中庭に練兵場があるんだ」 そして才人とワルドは、今はただの物置き場になっている練兵場に足を運んだ。 才人がデルフリンガーを引き抜いて戦闘態勢に入るが、それをワルドは左手で制した。 「どうした?」 「立ち会いには、それなりの作法というものがある。介添え人がいなくてはね」 「介添え人?」 「安心したまえ。もう、呼んである」 ワルドがそう言うと、物陰からルイズが現れた。ルイズは二人を見ると、はっとした顔になった。 「ワルド、来いって言うから来てみれば、何をする気なの?」 「彼の実力を、ちょっと試したくなってね」 「もう、そんなバカなことやめて。今は、そんなことしているときじゃないでしょう?」 「そうだね。でも、貴族というヤツはやっかいでね。強いか弱いか、それが気になるともう、 どうにもならなくなるのさ」 ワルドの説得が無理なようなので、ルイズは才人を見た。 「やめなさい。これは、命令よ?」 しかし才人は答えない。ただ、ワルドを見つめた。 「では、介添え人も来たことだし、始めるか」 ルイズの思いをよそに、決闘が始まる。ワルドは剣のような拵えの杖を引き抜き、前方に突き出した。 そして才人とワルドが激突する。だがその戦いは、当初の才人の予想とは裏腹に、終始ワルドが優勢だった。 才人の剣戟は、ワルドに容易くいなされていた。 「きみは確かに素早い。ただの平民とは思えない。さすがは伝説の使い魔だ」 ワルドには戦いながらしゃべる余裕まであった。才人の突きをかわしたところで、後頭部に杖の一撃を叩き込む。 「しかし、隙だらけだ。速いだけで、動きは素人だ。それでは本物のメイジには勝てない。 つまり、きみではルイズを守れない」 ワルドの突きが才人に襲い来る。才人はやっとの思いで突きを受け流していくが、それが一定のリズムと 動きを持っていることに気づくのはあまりに遅かった。 「相棒! いけねえ! 魔法がくるぜ!」 デルフリンガーが叫んだときには、空気のハンマーが才人を吹き飛ばした。才人は積み上げた樽に激突し、 その拍子にデルフリンガーを落とした。拾おうとするが、ワルドに踏みつけられ、杖を突きつけられた。 「勝負あり、だ」 勝敗が決し、ルイズがおそるおそる近づいてくる。 「わかったろうルイズ。彼ではきみを守れない」 「……だって、だってあなたはあの魔法衛士隊の隊長じゃない! 陛下を守る護衛隊。強くて当たり前じゃないの!」 「そうだよ。でも、アルビオンに行っても敵を選ぶつもりかい? 強力な敵に囲まれたとき、 きみはこう言うつもりかい? わたしたちは弱いです。だから、杖を収めてくださいって」 反論したルイズだが、ワルドの指摘に何も言えなくなった。せめて才人の額から流れる血をぬぐおうと ハンカチを取り出すが、それもワルドに止められる。 「行こう、ルイズ」 「でも……」 「とりあえず、一人にしといてやろう」 ルイズは躊躇ったが、ワルドに引っ張られて去っていった。 残された才人は、地面に膝をついたまま、じっと動かない。ルイズの前で負けたことが、 才人を激しく落ち込ませていた。 「気にすんな相棒。あいつは相当の使い手だよ。スクウェアクラスかもしらんね。負けても恥じゃねえ」 デルフリンガーが慰めるが、才人はそれでもしゃべらなかった。 「惚れてる女の前で負けたのは、そりゃあ悔しいだろうけど、あんまり落ち込むなよ。俺まで悲しくなるじゃねえか。 ところで相棒、さっきの戦いの中で、また何か思い出しそうになったんだが……うーん、なんだっけかな……。 なにせ、随分大昔のことだからな……」 話し続けるデルフリンガーを、才人は問答無用で鞘に納めた。 ウルトラマンゼロは無敵の戦士。どんな敵にも負けたことがない。それに対し、自分は一端の人間にも勝てない。 その事実が、泥だらけの才人をよりみじめな思いにさせた。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
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前ページゼロのミーディアム ニッコリと笑いかけて告げられた水銀燈のあまりに痛烈な言葉に、開いた口がふさがらないルイズとアンリエッタ。 驚愕の表情を向けられたお人形は、切れ長の紅眼を細め、口元を吊り上げた。 淡いぼんやりとしたランプの光に照らされた、眩しい天使の微笑みに影が差す。 そしてそれは人心を拐かすような、妖艶な悪魔の微笑みに変貌した。 「私、いい加減貴女の身勝手さにうんざりしてきた所なの。勝手にそんな重大任務を安請け合いしちゃうなんて…。正直付き合いきれないわ」 彼女はほとほと愛想がつきました。と、言わんばかりに肩を竦める。 魔法で出来た氷の槍のように冷たく、刺すような使い魔の言葉に、ルイズはキッと鳶色の瞳に怒りの炎を灯す。 それでも姫さまの前だからみっともない真似は見せられないと、感情を抑えた声で水銀燈に言った。 「水銀燈、もう一度言うわ……。私と一緒に姫さまの任務を受けるの」 「答えはノーよ」 (イエスって言いなさい……!!) (絶対にノゥ!!!) 語気を強めて出る言葉。 水銀燈は頬に手を当てると、もう片方の手で黒い羽をヒラヒラさせ、小馬鹿にするように続けた。 「貴女に対する言葉は全部否定で返させてもらうわ。今の私は『ノー』としか言わない女よ!」 「だったらあんたの心変わりを誘発してあげるわよ!」 ルイズは、ごそごそ椅子を引いてその上に立つと、フッと不敵に笑い水銀燈を上から腕組みして見下ろす。 我に策有りと言った会心の笑みだ。 少々行儀が悪いが、あくまで自分が上の立場と言う事を知らしめるつもりなのだろう。 「あんたの生活を面倒みてるやってるのは誰かしら?ご飯食べさせてあげてるのは誰だったかしら?誰?誰?誰!! 私よね、ご主人様の私よね!!」 ルイズは大袈裟に両手を広げ声高らかに告げる。 「あんただって、私に追い出されたくは無いでしょ? それとも、私以外に誰か頼れる人がいるって言うの?私に頼らずにこの世界で生きて行けると思ってるの!!」 「イエス」 ルイズはガタン!と大きな音を立ててイスからずり落ちた。 (ノーとしか言わないはず……!?) あっさりと答えた水銀燈の言葉に、勝利を確信したルイズの表情が脆くも崩れさる。 本気で追い出さそうとは思っている訳では無い。だが、脅し文句としては効果的なはず!と選んだ言葉だった。 予想だにしなかった結果に再びルイズは驚きに表情を固める。 水銀燈はククク…と口の中で笑い声を含ませ、固まったルイズに追い討ちをかけた。 「お馬鹿さんねぇ…。来たばっかりのころの話なら未だしも、今の私には強~い味方がたぁくさんいるのよぉ」 彼女の、それまで真面目な韻を含ませていた口調が、日頃の嘲るような猫なで声に戻る。 「シエスタに言えば親身になって私の事を案じてくれるでしょうねぇ。キュルケだってああ見えて話の分かる子だし。 ああ、学院長さんやコルベール先生は全面的に私に協力してくれるって言ってたわぁ。 最後の手段に、タバサにモフモフちらつかせば大喜びで私を向かえてくれるでしょうしねぇ!!」 ルイズはそれを聞くと、とたんに気分を沈めて押し黙ってしまった。 「むしろそれって追い出すんじゃなくて、使い魔に逃げられるって言うんじゃなぁい? メイジとしてどうなのかしらそれぇ。あははははは!」 水銀燈はルイズの様子に気付く事なく散々言いたい放題宣う。 俯いて表情の読み取れぬルイズを案じ、アンリエッタは彼女の震える肩に手をかけた。 「ルイズ・フランソワーズ…?大丈夫?具合が悪いの?」 そして王女はルイズの顔を覗き込む。ルイズは歯を食いしばり、瞳の縁に涙をためた、怒りと悲しみの入り交じったような眼差しを床に送っていた。 「フーケの時だってそうよ。まったく…私やキュルケ、タバサがいなかったらどうなってた事だか。貴女一人じゃなぁんにも出来ない癖に……」 ――今度は水銀燈が最悪の失言を漏らしてしまった。 今までの心無い言葉もルイズの心を傷つけるに十分な物だったが、 水銀燈の何気無く放ったこの一言こそがルイズの胸に、鋭く研がれたナイフの如く突き刺さった。 「私についてきて欲しいなら、今までの仕打ちを謝りなさいよ。そうしたら行ってあげなくもないわよ」 好き勝手言ったためか、鬱憤は大分発散されたらしい。 よくもまあ、ぬけぬけしゃあしゃあと言える物だ。 水銀燈は、何も言えないルイズに気を良くしたのか、得意気に言った。 なんとも単純な性格なお人形だが、ルイズの方はそうもいかない。 使い魔から受けたミーディアムの屈辱は計り知れないのだ。 「……あんたも、やっぱりそうなのね」 ようやく開かれたルイズの口から重々しく言葉が紡がれる。それは深い落胆を込められた暗い声色だった 「そうやって他の人間と比べて。私のことを他のメイジに劣る可哀想そうなメイジだって…、ずっと思ってたんでしょ……!」 「はぁ?」 ルイズは俯いたままこぶしを握りしめ、震える声で言った。 それに間の抜けた返事をする水銀燈。どうやら彼女、おめでたい事に、その口が招いた事の重大さに気づいていないようだ。 「あんたがいなきゃ、私は何も出来ない…。そうやって見下して、哀れみの目で私の事を見てたのね……!!」 俯いたルイズの顔からポタポタと水滴が滴り、床に染み込んで木目を濡らす。 流石にここまで来れば使い魔もミーディアムの異変に気付かぬはずがない。 「…ルイズ?な、なんなのよ突然」 「すぐには帰らないって言っといて、そばに居てあげるって安心させて! 裏では笑っていただけなんでしょう!私を魔法の使えない『ゼロ』だって!!」 「なっ!?貴女何言い出すの!?私は何も…!」 思いもよらぬルイズの激情と、矢継ぎ早に放たれる怒りの言葉に水銀燈は狼狽を隠せない。 いくらなんでもそこまでは…と、弁解をしようしたその矢先…… 「うるさい!!!」 悲痛に染まった怒りを込めてルイズは叫んだ。水銀燈は勿論、端から見ていたアンリエッタすらも、思わずビクリと肩を震わし気圧される。 使い魔も王女も時間が止まったかのように、下を向いたルイズの様子を窺う。 そんな重々しく淀んだ空気の中、ルイズが面をあげた。 円らな瞳から頬に流れ落ちる大粒の涙。嗚咽を鳴らし、唇を噛み締めながら、ルイズは悲しみと怒り、二つの意を含んだ眼差しを水銀燈に向けていた。 「そうやって私を馬鹿にして……! あんたに、私の何がわかるって言うのよ! …もう知らない。任務は私一人で果たして見せるわよ!あんたなんかどっか行っちゃえ!!!」 自暴自棄と言えそうな少女の叫びだった。ルイズは食いしばった歯をむき出しにし、息を荒くして水銀燈を睨み付ける。 「……何よ。意地張っちゃって」 ルイズの感情の爆発に面食らった水銀燈だったが、興醒めしたかのように吐き捨てた。 「なら、任務にでも何にでも勝手に行っちゃいなさいよ。 貴女一人で一体何ができるのか、見せてもらおうじゃない!!」 売り言葉に買い言葉だった。不愉快な感情を隠しもせず、水銀燈は部屋のドアへ飛ぶ。 「ご主人様の仰せの通り、私はどこかに行かせてもらうわ」 部屋に残された二人に、使い魔は皮肉を込めた捨て台詞を吐き、ドアを乱暴に蹴り開けた。 「あちょぷ!!」 蹴り開けたドアにガン!と何かがぶつかり、その『何か』の間抜けな声があがる。 眉を潜めて水銀燈はその何者かに目を向けた。 「ギーシュ…?貴方こんな所で何やってるのよ」 堕天使の向けた冷たい視線の先にいたのは、鼻を押さえてのたうち回っているギーシュだった。 乱暴に開かれたドアの奇襲を受け鼻っ柱を打ち付けたのだろう。 「鼻が!僕の鼻がぁッ!……はっ!?」 ギーシュは水銀燈の呆れた眼差しと、泣き顔のルイズの厳しい眼光。 そしてルイズを慰めるアンリエッタのきょとんとした視線に気づいて、慌てて襟を正してかっこつける。 「ギーシュ…あんた、盗み聞きしてたの…?」 ルイズが涙を拭ってギーシュに聞いた。 「いやぁ!薔薇のように見目麗しい姫さまの後をつけてみればこんな所へ…、 それでドアの鍵穴から様子をうかがえば……どうやらお取り込み中のようじゃないか」 フッ…と前髪を掻き揚げ、薔薇の造花を掲げ爽やかに言うが、どくどく流れる鼻血がすべてを台無しにしていた。 「…お姫さま。わざわざそんなナリしてまでして来るのは結構だけど、あんまり効果は無かったみたいね」 「黙りなさい!この期に及んでまた姫さまに無礼を!!さっさとどっか行けって言ってるのよ!!」 水銀燈の言葉にルイズが再び怒鳴り声を上げる。 泣き止んでもその怒りは留まるところを知らない。 古くからの友にして敬愛する姫さまを侮辱しているのだ。 ルイズは、こんな使い魔呼ぶんじゃ無かった!とすら痛感していた。 「別に気にしていませんから。とにかく落ち着きましょ?ね?ルイズ・フランソワーズ」 アンリエッタがルイズの桃色の髪を撫でながらやさしく諭す。そして水銀燈に目配せした。 (ここはわたくしが預かりますから…) 顔をそう言うニュアンスで困ったように微笑ませて伝えた。 それを見た水銀燈は、フン…と鼻を鳴らし、翼はためかせ、廊下の果てまで飛んでいく。 使い魔の姿が見えなくなるまで、ルイズはずっとその後ろ姿を睨み付けていた。 「それでは僕はこれで失礼…」 「待ちなさい。ギーシュ」 そろそろと忍び足でこの場を去ろうとしたギーシュにルイズの声がかかる。 無論、今までの興奮が収まる筈もなく、憤りを孕んだ暗い声である。 「あは、あはははは…」 怒りの矛先を向けられたギーシュは、ただ、冷や汗と鼻血をだらだら流しながら笑う事しかできなかった 部屋を出ていった水銀燈は、塔の屋根に腰掛け空を見上げていた。 双つの月が天頂に煌々と輝き、色鮮やかな星が宝石のように瞬く澄んだ夜空。 だが、彼女の胸中に広がる想いは、満天のそれと対局を成す曇天の空模様だ。 「ほんと…あの子ったら、勝手な思い込みで……」 水銀燈にしてみればルイズを戒める意味で、言った言葉だった。 予定ではしぶしぶ自分に謝って同行を頼むルイズに、「しょうがないわねぇ…」と一言呟いてアルビオンとやらに行く筈だったのだが。 …まさかあそこまで激昂するとは思いもしなかった。 少々言葉が過ぎたかもしれないとは思う。だが、決してルイズの事を『ゼロ』だとは思っている訳では無いのだ。 勝手な決めつけで濡れ衣着せられては彼女も黙ってられない。 誇り高き薔薇乙女たる自分が、人の世話などと言う慣れない事を善意でやってるのに。 それなのに何故が恨まれなければならないのか? 納得いかないわ。と、水銀燈は膝を折りうずくまって唇を噛んだ。 (あんたに、私の何がわかるって言うのよ!) 瞳を瞑るとルイズの悲壮な泣き顔が瞼の裏に浮かんだ。お人形の小さな胸が少しだけズキッと痛む。 たしかに水銀燈は、しばらく共に同じ時を過ごしたとは言え、まだまだルイズと言う人間を理解していなかったのだろう。 何気無く放った言葉が、あそこまでミーディアムを追い詰める等、思いもしなかった。 認識不足だった。やはりやり過ぎたかと再考する反面、ルイズから受けた仕打ちを思い出し、水銀燈はブンブンと首を振って思い直す。 「……私は悪くないわよ」そして、まるで自分に言い聞かせるように呟いて浮かない顔を下げた。 水銀燈は気づいていない。かつて過去に、自分は同じような出来事に立ち合ったと言う事を。 その背に、闇色に染まる堕ちた翼と、尽きる事無き深い憎しみを授かったあの時の事を。 ……信じていた者に裏切られる苦しみ。 彼女は、その酷さを痛いくらいに知っている筈なのに……。 次の日の早朝。朝もやかかる門前には、いつもの制服姿に乗馬用のブーツを履いたルイズと、 馬に鞍をつけているギーシュ。 そして一晩立っても不機嫌な水銀燈の姿があった。 「…何故貴方がここにいるのよぉ?」 「よくぞ聞いてくれたよ!あの後ダメ元で任務に志願したら、快く姫殿下が承諾して下さったんだ!!」 ギーシュは黒衣の天使の白い目を気にせず体を仰け反らせて感動している。 「ふぅん…相変わらず物好きねぇ」 「…水銀燈、君は本当にルイズについて行かないのかい?」 ギーシュの言葉に、それまで、我関せずと言った感じでそっぽを向いてたルイズがびくっと反応した。 無反応を装ってもやはり気にはなるのだろう。 話題に興味が無いかのように、目の前の馬を撫でながら、彼女は聞こえてくる答えに耳を傾ける。 「…あの子一人で行くって聞かないんだもの。まあ、今謝れば許してあげてもいいのだけれど」 一晩たてば反省するかと思っていたルイズだったが、己の考えの甘さにため息をついた。 水銀燈逹とは明後日の方向を向いているルイズだが、明らかにガッカリと肩を落とした後ろ姿から、 彼女期待の答えでなかったのがお分かり頂けるだろう それを目の当たりにした使い魔が、意地悪そうに口元を吊り上げて声をかけた。「…今ならまだ間に合うわよ」 「ふんだ!誰があんたなんかに!!」 朝方の清爽な、心洗われる空気も今の水銀燈とルイズには関係無い。 もう数えるのが面倒臭く感じるくらいにしつこい、二人のいがみ合いが、また始まった。 (姫殿下直々のお達しなのに彼女らときたら…はぁ、幸先悪いなぁ…) ギーシュはそのまったくもって穏やかでない雰囲気を非常に居心地悪く感じた。 自分がふった話ながら、どうにかして話題を変えようと腕組みして考え事を始める。 そして喧嘩している主と使い魔を見て、彼が愛して止まないずんぐりしたシルエットを思い出した。 「ああ、ルイズ。喧嘩中のところ悪いけど、お願いがあるんだよ」 「あ~?何よ」 ぎろっと威圧するルイズの眼光に多少おどおどしながら、ギーシュは足で地面をたたく。 「僕の使い魔を連れて行きたいんだ」 ギーシュの前の地面が盛り上り顔を出す彼の使い魔。ジャイアントモールのヴェルダンデだ。 ルイズも水銀燈も何度か目にしているので別段珍しくは感じなかったのだが。 「ああ!ヴェルダンデ!君はいつ見ても可愛いね。困ってしまうね!」 ギーシュはすさっ、と膝をついて巨大モグラを抱きしめる。 モグラもまた主に抱きつこうと、嬉しそうにその短い手をバタバタさせている。 「美しい主従愛ですこと…どこかの誰かさんも、この十分の一でも私の事大切にしてくれればいいのに……」 使い魔の言葉を無視してルイズはギーシュに答えた。 「悪いけどだめね。その子地面の中進んで行くんでしょ?私達馬で行くのよ」 「心配ご無用!ヴェルダンデの地面を掘り進む力は馬の足にだってひけは取らんよ!」 そうだろ?ヴェルダンデ!とモグラの頭を撫で、ギーシュは胸を張って言った 「それでもアルビオンがどんな場所か知らない訳じゃないでしょ?モグラではやっぱり無理よ」 困った顔して否定の言葉を告げるルイズに、ギーシュはがっくりと膝を折って地面に突っ伏す。 そのおつむの中では、暗闇の中スポットライトを受け悲劇の主人公を演じてるであろうこと間違い無し。 「お別れなんて、つらい、辛すぎるよ……ヴェルダンデ…」 「オーバーねぇ、今生の別れみたいに…」 水銀燈はそう言った所で気付く。自ら言った、今生の別れと言うフレーズ。それが決して大袈裟では無い事を。 国の存亡を賭けた任務。敵の刺客や妨害があってもおかしくはない。 あらゆる手段をも持ってして、ルイズ逹の行く手を阻み、国亡の鍵となる手紙を先に手に入れるなり、ルイズから奪うなりしてくるだろう。 ミーディアムの行かんとする道は、それこそ命に関わる危険な大仕事なのだ。 使い魔の心が揺れ動いた。ルイズとギーシュだけで大丈夫なのか?自分も出向いた方がいいのではないかと。 少しばかり思考する水銀燈だったが、ルイズの「きゃっ!」と言う悲鳴を聞いて我に返った。 見ればルイズがモグラに押し倒され、鼻で体をまさぐられている。 スカートが乱れパンツまでさらけ出し、ルイズはジタバタ暴れていた。 「ちょっとあんた逹!ぼーっと見てないで助けなさいよ!きゃあ!」 任務に赴く前にもう躓いている。水銀燈は真面目に考えていた自分が馬鹿らしくなった。 情けない事この上無い。 この調子じゃ、泣きべそかいて帰って来てもおかしくない気さえする。 「貴方の使い魔、主人と同じでいい趣味してるわね……」 「ちょっと違うね。ヴェルダンデのお目当てはルイズのしてる指輪だよ」 「指輪ぁ?」 見ればルイズの右手の薬指には大きなルビーのついた指輪があった。お姫様から貰った物だろうか? 「ヴェルダンデは宝石に目がなくてね」 その言葉通り巨大モグラは宝石に鼻を擦り寄せている。 女の子に目がない主に宝石に目がないモグラの使い魔。 メイジの格を見るなら使い魔を見ろと言う格言を実に理解出来る。 むしろ使い魔はメイジに似るなんて言葉が出てきてもおかしくない。 「…やっぱりいい趣味してるわ」 「ハッハッハ!そんなに僕の可愛い使い魔を誉めないでくれ。主の僕が照れてしまうよ!」 誉めてねぇよ馬鹿薔薇野郎。 「バカ言ってないでどうにかしてよ!これじゃ、いつまでたっても出発できないじゃない!!」 「ご主人様ぁ?任務開始以前から挫折になられるとは、正直言ってお話しになりませんわぁ。 わたくし、任務にはお供いたしませのよぉ~? フーケを退けたご自分のお力で、何とかしてく~ださ~いなぁ~」 水銀燈はいつもの三割増しの嫌味を添えて、ルイズのSOSを突っぱねた。 丁寧な言葉だが、痛烈な皮肉の込められた嘲りの猫なで声。おまけ本人はえらく楽しそうだ。 ルイズからしてみれば、いつもと比べて通常の三倍の侮辱を感じた事だろう。 端から見れば普通の三倍に見えるそれが、実際には三割増しだったと言うのはワリと有名な話。 赤っぽい機体みた木馬のオペレーターもビックリ。 ルイズの顔も真っ赤っか。 まるでジュン君と喧嘩して顔を紅潮させた水銀燈の妹の一人みたいだ。 言ってみれば「赤い翠星(石)」 「ば、馬鹿にしてぇ!このくらい、どうと言う事はないわよ!!」 やってみるさ!と、どうにかしてモグラを引っ剥がそうと躍起になるが、これが中々うまくいかない。 むしろ上半身を押さえ込まれて周りを見る事も適わない。モニターが死ぬ!? すると… 一陣の風が舞い上がり彼女に抱きつくモグラを吹き飛ばした。 「ああ!僕のヴェルダンデ!!」 「敵が!?」 何者かの攻撃魔法。それを察した水銀燈が、すかさずルイズの前に立ち、長剣を羽で作り上げ、構える。 理屈では無い。考える前には既に体が動いていた。 …ついさっきまであんなにいがみ合っていたのに。 「誰だッ!」 「姿を見せなさい!」 ギーシュが激昂してわめき、水銀燈が緊張の面持ちで先の見えない朝もやを睨み付けた。 「待ちたまえ。僕は敵ではない。姫殿下より君達に同行することを命じられた者でね。 姫様は君らの身を案じて止まないのだが、お忍びの任務ゆえ、一部隊をつける訳にも行かないだろう?」 朝もやの先に、うっすらと羽帽子をかぶった長身のシルエットが浮かび上がった。 がっしりとした影の体躯と、声からして、そこにいるのが壮年の男性と伺える。 「そこでこの僕にお呼びがかかった訳さ」 影が、細長い剣か何かを引き抜き優雅な挙動で横に振った。 手にしたそれから巻き起こる旋風が、男の周りの朝霧を吹き飛ばす。 「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長。ワルド子爵だ」 そこには帽子を胸に当て、一礼をした凛々しい貴族の姿があった。 (この人、お姫様の歓迎の時ルイズがずっと見てた…それにワルドって名前もどこかで…) 水銀燈の、あの時心の隅に引っかかっていた疑問がまた顔を出す。 誰だっただろうか? 少しだけ答えに近づいた気がするが、まだ明確な答えは出なかった。 (ま、魔法衛士隊…それも隊長!?) 文句を言おうと口を開きかけたギーシュだが、相手が悪すぎると慌て口を閉ざす。 目の前にいるのは、全貴族の憧れたる魔法衛士隊の、しかもトップに立つ者なのだ。 ワルドはそんなギーシュの様子を見て、首を振った。 「すまない。婚約者が、モグラに襲われているのを見て見ぬふりはできなくてね」 「いやいや!滅相もない!!僕の使い魔が貴方の婚約者にとんだ……。…え?婚約者?ルイズの?」 「ああ!思い出したわ!」 ギーシュが不思議そうに聞き返し、水銀燈が手のひらを叩いて顔をはっとさせた。 ルイズの夢で、彼女を慰めに出てきた、許嫁の貴族がたしかワルドと言う名前だった。 夢の中のルイズが魔法の誤射で彼を池に落とした際、確かに「ワルド様」と言っていた。 幾らか月日がたち、外見こそ変わっているが、顔つきや纏った雰囲気は、夢の中とさほど変わりは無い。 何より、ルイズのさっきとは違う意味で赤く染まった頬がそれを示してしている。 「ワルド様…」 立ち上がったルイズが、震える声で言った。 「久しぶりだな!僕のルイズ!」 「お久しぶりでございます…」 ワルドは人懐っこい笑みを浮かべルイズに駆け寄り、彼女を抱え上げた。 そんなルイズもまんざらでも無い様子。 ひとしきり二人の世界とやらを堪能しているワルドとルイズだった。 へいへい…ゾッコンって奴ね。 「彼らを紹介してくれたまえ」 ワルドはルイズを下に下ろし再び帽子を目深に被る。 「あ、あの……ギーシュ・ド・グラモンと……」 ルイズがギーシュに手を向けた。ギーシュはハッとした後、慌てて頭を深々と下げた。 次に、隣にいた己の使い魔が目に写った瞬間、ルイズのはにかんだ表情が突然しかめっ面に変わる。 「ルイズ?どうしたんだい」 首を傾げて尋ねるワルドに、ルイズは水銀燈を指でさして曇った表情のまま嫌々答えた。 「それと……ただの人形の使い魔です」 水銀燈の眉が傾き、眉間に皺がよった。だが、文句を言う舌も持たないと無言でルイズに鋭い視線を送る。 そんなお人形の様子にも関わらず、恐れも見せずに子爵は、気さくな感じで水銀燈に近寄った。 「ほほう、君がルイズの使い魔か。人間、いやまるで天界から舞い降りた天使のようじゃないか!!」 お世辞の上手い男だが、不思議と悪い気はしない。人徳と言う物だろうか? これがギーシュなら、はいはい…と手をひらひらさせて追っ払ってるところだ。 「僕の婚約者がお世話になっているよ。お名前をお聞かせ願えるかな?麗しきお人形のレディ?」 ワルドは手袋を外すと、握手を求めて水銀燈に手を差し出した。 「本来ならその美しい御手に口づけをお許し願いたいところだが、あの子が嫉妬してしまうからね。どうかこれでご勘弁頂けるかな?」 礼儀もわきまえているようだ。あのルイズのお眼鏡に叶うのも納得できる。 「…水銀燈よ。ルイズをいつもお世話してあげてるわ」 普通にそう言って、小さな手を差し出しその手を握り返す。 ワルドの後ろを見れば、ルイズが頬を膨らましてジト目でこっちを見ている。 いい加減疲れてきたわと、水銀燈は溜め息をついた。 「どうしたんだい?もしかして、アルビオンに行くのが怖いのかい? なあに!何も怖いこと等あるものか!君はあの『土くれ』を捕まえたんじゃないか!!」 その浮かない顔に、ワルドは彼女の肩をぽんぽん叩いて、あっはっはと大笑いする。 気持ちの良い豪傑笑いだ。性格や胆力も悪く無い。 「勘違いしないでくださる?行くのはあの子とギーシュ。私はただの見送りよ。」 「見送り?」 ワルドが首を傾げて聞き返す。後ろのルイズが水銀燈の真ん前まで歩いてきた。 「…さっきのは何よ。あんなので私のご機嫌取りでもしたつもり?」 ワルドがモグラを吹き飛ばした時、水銀燈がルイズを守ろうと、前に立ち塞がった事だ。 「あんた本当は私の事心配で心配でたまらないんじゃないの? いいわよ。『どうか私を連れて行って下さい。置いていかないで下さいご主人様』って言えばあんたもお供を許してあげるわ」 誘ってるのだが、馬鹿にしているのかわからないが、少なくともルイズ自身は水銀燈にチャンスを与えているつもりだった。 だが、いかせん言い方に難がありすぎる。水銀燈じゃなくても、こんな事言われてついていく者などいる訳がない。 「ふん、要らぬお節介だったわ。貴女こそ、私に『さっきはありがとう』の一言ぐらい言って欲しかったわね。 それを口実にお願いでもすれば私の気分も変わったでしょうに!!」 「…そう、残念ね!もう何言っても遅いわ。あんたは最後のチャンスを不意にしたのよ!!」 「その台詞、そっくりそのままお返ししてやるわよ!!」 ルイズと水銀燈の、憎まれ口の応酬を目の当たりにしたワルドが、呆れた様子で隣のギーシュに尋ねた。 「……彼女らはいつもこうなのかい?」 「いえ、いつもは意外と仲良さそうだし、口喧嘩くらいは時々してるのは見かけますが…。ここまで酷くなったのはつい最近みたいで……」 ギーシュも、頬っぺたを両手でつねり合う二人を、やるせない表情で見つめていた。 ほっとけば一日中喧嘩してるのかもしれない。 このままでは埒が空かないとワルドが二人の間に割り込んだ。 「失礼。別れを惜しんでいる所すまないが、なにぶん急を要する任務なんだ。二人とも名残惜しいとは思うがそろそろ出発しなければならない」 「「名残惜しい?誰がこんな子の事!!」」 一字一句、完璧に外さず、ミーディアムと使い魔の声が見事にハモった。 「真似しないでよ!」 「あんたの方こそ!」 「まあまあ…。落ち着くんだルイズ。 …使い魔君、安心して欲しい。ルイズはこの僕が命に変えても守ってみせよう。ここの留守は任せたよ」 ルイズの肩に手を置いてワルドが口笛を吹く。 翼がはためく音と共に、朝もやを切り裂いてグリフォンが現れた。 ワルドはひらりとそれに跨がり、ルイズに手招きをする。 「おいで、ルイズ」 ルイズは躊躇うようにして恥ずかしそうに俯く。さっきまで水銀燈と喧嘩してたのが嘘のようだ。 気持ちの切り替えが早い事で… 「おっと!僕も置いて行かれないようにしないと!」 ルイズがワルドのグリフォンに跨がるのを見たギーシュも、慌てて馬に乗る。 水銀燈は手綱を取ったギーシュへと飛んだ。 「ギーシュ。ちょっといいかしら?」 「ん?何かね?もしかして見送りのキスでも…」 言い終える前に、水銀燈の平手打ちがギーシュの顔に真っ赤な紅葉を刻みつけた。 その威力、推して知るべし。切りもみ上に回転して彼は馬から崩れ落ちる。 昨夜の鼻といい、顔面に深刻なダメージを負ったギーシュだが、任務開始前から深い傷を負う等、はっきり言って先行き不安な事この上無い。 気が立ってる彼女に、不快な冗談かましたので自業自得とも言えるのだが。 「ルイズの事、よろしく頼むわ…」 地面に尻餅をついたギーシュに、水銀燈は小さく耳打ちする。 「え?それをあの子爵じゃなくて僕に言うのかい?」 「…確かにあの人は貴方と違って性格良さそうだし、落ち着いてて、度胸もあるし、礼儀もわきまえてる上、腕もかなり立つでしょうね」 「……ああ、そうだね。彼は完璧だね」 ギーシュは落ち込んだようにこうべを垂れ、地面にのの字を書きながらいじけ出す。 そんな彼に水銀燈はさらに声を小さくして言った。 「……生憎ね、私完璧すぎるのって、信用出来ないクチなのよ」 複雑な感情の込められた意味深い韻だったが、ギーシュがそれに気付く事は無い。 「まあいいさ。薔薇を冠する友の言葉として、期待に添えるよう頑張るよ」 「ええ、お願いね」 水銀燈の様子に疑問の表情を浮かべるも、ギーシュは快く承諾した。 「喧嘩しててもやっぱりルイズが心配なんだね」 「!!」 ギーシュは軽く笑いながら何気無く言う。水銀燈の顔が朱に染まった。 「べっ、別に心配なんかしてないわよ!でもあの子一応は私の契約者なんだし、怪我でもされたら力だって貰えないだろうし、 なのにあの子、何でもかんでも突っ込んで行く癖があるから誰かが止めなくちゃいけないのよ! そうよ!万に一つでも命の危機にでもさらされたら私の方が困っちゃうわ!!」 無理矢理こじつけてるのが丸わかりだった。多分自分でも何を言ったか分かっていない、その場しのぎの発言だ。 ギーシュは、(それが心配って言うんじゃないか)と苦笑した。 「不安なら君も意地を張らずに来れば…」 「なんか言った?」 「いや、何でもないよ」 今度は拳をグーにして振りかぶった水銀燈に、ギーシュはすぐに口を閉ざした。 「見てなさい!ちゃーんと任務を果たして胸はって帰ってやるわ。ご主人様がどれだけ偉大か教えてやるわよ!」 「泣きべそかいて帰って来るのね。そう言う冗談は、果たせるだけの力と、張れるだけの大きな胸を持ってからにしなさいよ」 「まあまあ。別れの挨拶はそのくらいにして…」 ワルドはそんなルイズを抱き抱えてなだめると、杖を掲げて高らかに叫んだ。 「では諸君!出発だ!!」 グリフォンが駆け出し、ギーシュも水銀燈に手を振った後にそれに続いた。 それを黙り込んで見送った水銀燈と、ワルドの腕に抱かれたルイズが思う。 (…ちょっと謝れば許してあげたのに) ――寄しくも心の中で呟いた一言が同調した。 不思議と、二人のその落ち込んだ表情も似通った気がしたのも、気のせいでは無いのではなかろうか? グリフォンと馬はどんどん小さくなって行く。 「…本当に行っちゃったわ」 無意識の内に呟きがもれる。 そして、出発した面々が朝霧の果てに消え去り見えなくなった。 ぼーっと冴えない顔で、消えたルイズ逹に視線を残した水銀燈だが、視界に映るのが白い霧だけと気づいてそこで我に返った。 「フ、フン!……清々したわ!!これでしばらくあの子の世話だってしなくていいのだし。 羽を伸ばすチャンスが出来たんだものね!久しぶりに二度寝でもしちゃおうかしら!!」 誰も周りに居ないのに大声だしてわざとらしく言う。 そうして不自然に翼を大きく羽ばたかせ門のを飛び越え部屋に帰って言った。 そんな、出発する一行と、門へと引き返す人形を学院長室の窓から見つめている影が一つ。 「見送らないのですか?オールド・オスマン」 「ほほ、見ての通りこの老いぼれは鼻毛を抜いておりましてな…あ痛ッ!!」 呆れたように振り返ったアンリエッタの目には、鏡とにらめっこしながら、鼻毛をいじってるオスマン氏の間抜けな姿があった。 「余裕ですね…トリステインの未来がかかってると言うのに……」 「もはや杖は振られたのですよ。我々に出来るのは後は運を始祖に任せて、彼女らの吉報を待つばかり。違いますかな?」 「それはそうですが…」 ルイズは信用できる友人だし、ワルドも共に付けた。密命故に、表立った動きは取れないが、それでも最大限の助けはしたつもりだ。 自分の勝手でルイズに願った任務だが、アンリエッタは不安で仕方がなかった。 「なあに、彼女らならやってくれますわい」 「本当に大丈夫なのでしょうか?確かにワルドやギーシュもついておりますが…」 「いやいや、彼女らとは、ミス・ヴァリエールと使い魔の少女の事です」 アンリエッタは目を丸くする。そしてそれまでより更に、心配そうな顔で声を細めて言った。 「そのルイズのお人形の少女なのですか、…主と大喧嘩して任務には同行していないのです…」 「……なんですと?」 オスマン氏は、鏡から顔を上げ神妙な視線を王女に向けた。 「むぅ、それは困った事になりましたなぁ…」 「あのお人形さんは、それほどまでに強いのですか?」 「いいえ、一人の時はそれほどでも…。ミス・ヴァリエールも、その使い魔も、一人だけの力で言えば、同じく同行しているミスタ・グラモンの方が上でしょうなぁ」 「ならば何故?」 アンリエッタは疑問を投げ掛けた視線をオスマン氏に送るが、当のオスマン氏は一瞬だけ浮かべた真剣な顔つきを崩し、のほほんとしている。 「まあ、多分、大丈夫…では無いですかのう……?」 「質問を質問で返さないでください…」 多分だの、言葉を濁すような疑問符だの、オールド・オスマンの曖昧な返答はアンリエッタの気分を消沈させるに十分な物だった。 王女の頭にくらっ、と目眩が襲った。彼女は額に手を当て壁にもたれ掛かると、遠くを見るような目で天井を見つめ呟く。 「ああ、ルイズ・フランソワーズ、どうか無事で……」 だが、彼女が今出来る事と言えば、任務の成功を願う事と、友の身を案ずる事だけしかなかった。 ――水銀燈とルイズ、二人の間に走った亀裂。 悪い事が重なり過ぎた。言ってみればそう言う事になるのだろう。 だが、この喧嘩はそれで済ませるにはあまりに酷な物だった。 別れるまでに、仲を繕うチャンスは無数にあった。だが二人はそれらを全て不意にした。 ミーディアムと使い魔、彼女らは譲る事を知らない。己こそが正しいと信じて疑わない。 仮に非を感じても、プライドの高さ故、素直に認めようとしないのだ。 運命の悪戯か、あるいは始祖が少女達にもたらした試練なのかもしれない。 繰り返された日常の中で、フーケとの戦いで、モット伯の館の騒動で、だんだんと通い合ったはずの心なのに、あんなに一緒だったのに。 ――もう二人の少女は、言葉一つ通らない。 前ページゼロのミーディアム
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前ページゼロのメイジと赤の女王 「よいしょ、っと…」 軽く声を掛けて、陽子は黒焦げになった机を持ち上げた。 爆発から二時間後、ようやく目を覚ましたシュヴールズは、ルイズに教室の後片付けを命じた。その際に魔法の不使用を言い渡されたが、彼女の場合、それにあまり意味はないようだ。 しかし「失敗を恐れずに」とか云っときながら罰を与えるとは。教職に向いているとはとても思えない女性の言動にやや呆れながら、陽子は壊れた机や窓ガラスを片付け、雑巾をかける。 ルイズは徹頭徹尾仏頂面で、申し訳程度に煤のこびりついた机を拭っていた。 眉間にしわを寄せ、だんまりを決め込んでいるルイズに触るのは得策ではないだろうと、陽子も何も言わずに黙々と掃除を続ける。 重苦しい沈黙の中、聞こえるのはただ作業する物音だけだった。 「…なんか、言いたいこと、あるんじゃないの?」 ふいに、ルイズが口を開いた。 え、と陽子が振り返ると、ルイズは俯いたまま、小さな唇を戦慄かせていた。 「……なにか、って?」 ルイズの意図がわからず首を傾げる。しかしルイズはそれを嫌味か何かととったようで、途端に溜め込んでいた感情を爆発させた。 「言わせる気?!何よ、あ、あんただって、私が無能だって思ってるんでしょう?!今のでわかったでしょ、私が『ゼロ』だって! 私が魔法を使えないから、私の使い魔になるのが嫌だったんでしょ! 魔法が使えないなんて、そんなの貴族じゃないってい、言いたいんでしょ!」 「え…ちょ、」 落ち着いて、慌ててなだめにかかるが、ルイズはもう陽子のことなど目に入っていないようだった。 せっかく呼び出すことが出来た使い魔の前でまで、無様な姿をさらしてしまった。召喚も、契約も、ただの人間とはいえ成功した、だから今度こそ。 ちっぽけな期待は打ち砕かれ、今までのどんな失敗よりも鋭くルイズの胸を打った。みっともない、こどものようだと思考の隅で思いながらも、鬱屈を吐き出すようにルイズは叫ぶ。 「知識なら同じ学年の誰にも負けないわ!それだけのことはしてきたもの!ううん、実技だって誰にも負けないくらい練習した!どんな詠唱も発音まで完璧に言えるのよ! それなのに、いっつも失敗するの!ゼロ!ゼロ!ゼロ!私は、き、貴族なのよ!?誉れ高いヴァリエール!なのに魔法が使えない!だから私は貴族じゃないって、みんな言うのよ! 私は、…私は!き、貴族なのに!お母様たちのように立派な貴族になれるようにって、ず、ずっとそう思ってきたのに!そうあるよう、ずっと頑張ってきたのに!」 言ってしまった。 熱い頬と裏腹に、ひんやりと冷えている思考の隅で、ルイズは後悔した。 こどものような癇癪を起こしてしまった。ただでさえ『ゼロ』などという不名誉な称号を与えられているというのに、こんな振る舞いをしては、もう本当にただの子供ではないか。 この少年も、きっと大多数のように馬鹿にした目でルイズを見るのだ。 ほら、魔法も使えない貴族になど使われたくないと、冷めた目をして、そのくせ口ではお追従を吐いて。 それとも、変に遠慮のない彼なら声にして言うだろうか。ああ、もしかしたら、そのほうがマシなのかもしれない――――。 …罵声は、聞こえない。侮蔑の眼差しも、嘲笑も、哀れみすら。 断罪を待つようにうなだれていたルイズは、沈黙に耐え切れず少しだけ顔を上げる。おのが使い魔の顔に、失望を見るのが怖かったけれど、仕方がない。 魔法を使えないのはルイズの不徳で、彼にはふがいない主人を責める程度の権利はある。 けれど、彼は何も言わなかった。赤毛の少年はぽかんとしてルイズを見ていたが、その瞳に映る色は、感嘆、だった。 「……なによ」 その瞳が不可解で睨みつければ、彼は特に不快に思ったふうもなくゆるりと首を振る。 「いや…。ルイズはすごいなって」 「何よそれ、皮肉?!」 間髪入れずに噛み付くルイズに、落ち着いて、と静かに苦笑する。 「いいや。本心だよ。ルイズは、戦おうとしているだろう?わたしは逃げていたから。云いたいことは全部飲み込んで、必死で良い子の振りをして。 …結局、だから、わたしには何にも残らなかった」 以前剣が見せた幻を思い出し、陽子は自嘲げに笑んだ。 教師も、友人も、両親でさえ、陽子のことを得体が知れないと言い、そして、故国に陽子の居場所はどこにもなかった。 出来ることならもう一度、彼らとちゃんとした関係を築けるよう、努力したかった。そのチャンスを与えられたかった。 それを許されなかった後悔は、いまだやわらかな傷跡として、ふとした折に痛みを生じさせる。春の美しい国、その中に小さく故郷を見るたびに、陽子の胸は切なく鳴いた。 この痛みがただ穏やかなぬくもりをなすまでには、まだまだ時間がかかるだろう。 陽子の顔に影が差したのを見て取り、口ごもったルイズに、陽子はやわらかな瞳を向ける。 「努力はあなたを裏切らないよ、ルイズ。あなたが頑張っていることは、わたしが知ってる。きっと他にも知っている人がいるよ。 …そしてね、ルイズ。生まれとか、血筋とか、そういうものは、きっとあんまり関係ないんだ。あなたは貴族たろうと努力しているね。多分それが、貴族として一番大事なことで。 だからあなたは、立派な貴族なんだと思うよ」 きれいごとだ、とルイズは思った。口先だけの、下手な慰めだと。 けれど、少年の言葉はすんなりルイズの心に沁みた。彼は「自分は逃げていたから」と言ったが、多分、そんなことはないのだ。彼もまた戦っている。 だから、ルイズと同じように、何かを目指して頑張っている者の言葉だから、頑なになっていたルイズの胸の奥まで、こんなにもあっさりと届いた。 「………平民風情が、生意気言わないで」 ルイズはきつく少年を睨んだ。けれど、おそらく彼にはわかっているのだろう。微笑ましそうな碧の瞳には、耳を真っ赤に染めた少女が映っている。 さあ、と陽子はルイズに笑いかける。 「あとはわたしがやっておくよ。ルイズは顔を洗って、着替えておいで。そうしたら丁度お昼の時間だ」 * ようやく片付けも終わり、陽子が食堂に向かった頃には、既に食事が始まっていた。 「…この中に入っていくのも、なんだか気がひけるな」 用事で遅れて、ひとり授業が始まっている教室へ入っていくあの感覚だ。数十対の目がぐるんと陽子を指す。 あれいやなんだよな、と思いつつ、少ない朝食で重労働をしたため鳴き出している腹を押さえる。最後の手段として宝珠があるが、それはまだちょっと遠慮したい。 さてどうするか、と陽子が考え込んでいると、そこに救いの神が現れた。 「あら、ヨウシさん?」 「シエスタ」 空のトレイをささげた黒髪の少女は、食堂の入り口で固まっている陽子にきょとんとする。 「どうされたんですか、こんなところで?ミス・ヴァリエールはもう中で食事をされてらっしゃいますよ?」 「ああ…。ちょっと、わたしは用事があって、遅れてしまって」 今から入るのもいかがなものかと思ってね、と苦笑すれば、まあ、とシエスタは口許に手をやった。 「では、ヨウシさん、厨房へいらっしゃいません?」 「え?」 「わたしたちの賄いでよろしければ、お出しできると思いますわ」 確かにおひとりでこの中には入りづらいですね、笑うシエスタに陽子も笑う。 「…じゃあ、すまないけれど、お言葉に甘えようかな」 「はい、どうぞ」 微笑んだ少女は、楽しそうにトレイを胸に抱いた。 賄いと言って出されたシチューの味は、かなりのものだった。聞けば貴族に出す食材の余りを使っているらしいので、それは豪華なものだと感心する。 そういえば洋食を食べるのはどれくらいぶりだろう、シチューくらいなら慶でも作れるかもしれないな。 嬉々として協力してくれそうな顔と、渋い顔で嗜める顔を思い描き、どうやって石頭を言いくるめようかと考える間にも、口と手は止まらない。あっという間に完食して手を合わせる陽子に、シエスタは嬉しそうに笑う。 「本当にお腹がすいてらっしゃったんですね。おかわりもありますよ?」 「いや、もうお腹いっぱいだ。ありがとう、すごく美味しかった」 よかった、目を細めるシエスタが重そうなトレイを持っているのをみて、陽子も席を立つ。 「手伝うよ、シエスタ。昼食のお礼に」 「まあ。…それじゃあ、デザートを配るのを手伝って頂けますか?」 「わかった」 彼女の手からトレイを取り上げ、ふたり連れ立って食堂へ向かう。陽子がケーキの乗ったトレイを持ち、シエスタがそれをひとつずつ配膳する。 傍では巻いた金髪の少年が、友人らしき少年たちとなにやら賑やかに騒いでいた。 「なあギーシュ、今は誰とつきあっているんだ?」 冷やかすような調子の声に、ギーシュと呼ばれた少年は傲慢に笑う。 「つきあう?僕にそのような特定の女性はいないよ。薔薇は多くの人を喜ばせるために咲くものだろう?」 そんな会話を聞くともなしに聞いていた陽子は苦笑した。なんとも気障な台詞である。ま るでミュージカルやオペラに出てくる色男のようだ、と少年をみていると、彼のポケットから何かが転がり落ちた。あ、と陽子が声を出すと、それに気づいたらしいシエスタがトングを陽子の持つトレイに置いた。 「ちょっと行って参りますわ」 液体が入った小瓶を拾い上げるシエスタに頷き、陽子は配膳を再開する。トレイの上のケーキは既に四分の三ほど配り終えており、これならひとりでも配ってしまえる。 慣れない手つきでなんとか配り終えて、さてシエスタは、と食堂を見回した途端、少女の甲高い声が響いた。 「嘘つき!」 見れば金髪の少年が、頭からワインを滴らせ、去っていく少女を唖然と見送っているところだった。 (…痴話喧嘩かな) 金髪の少年は、先程自分を薔薇とたとえた少年だった。あれならそうであってもおかしくないな、と目を逸らしシエスタを探すが、申し訳ありません、と蚊の鳴くような声にはっとする。 そちらに視線をやれば、泣きそうな顔をしたシエスタが、少年に頭を下げていた。 「君が香水瓶を拾ったおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。いったいどうしてくれるんだね?」 「も、申し訳ありません…!」 「僕は君に声をかけられたとき、知らない振りをしたじゃないか。話を合わせるくらいの機転をきかせてもよかっただろう?」 「…申し訳ありません…」 ひたすら恐縮して縮こまるシエスタの姿に、怒りが沸いた。 何を言っているのだ、こいつは。 地位と権力を持って立場の弱いものをいたぶる、それは陽子の最も嫌うものだった。ずかずかと間に割って入り、シエスタを背に庇う。主上、呆れたような溜め息は聞かなかったことにした。 「…なんだね、君は?」 「ヨウシさん…」 胡散臭そうな少年の視線と、縋るようなシエスタの眼差しを受けて、陽子は少年を睨みつける。 「…見事な責任転嫁だが、そもそもの原因は二股をかけたお前にあるんじゃないのか?」 どっ、と周囲から笑いが沸く。 「そのとおりだ!ギーシュ、お前が悪い!」 ギーシュの頬に赤みが差した。怒りを取り繕うかのかのように薄ら笑いを浮かべ、鼻を鳴らす。 「…ああ、君はゼロのルイズが呼び出した平民君だったか。さすがはゼロだな、貴族に対する礼儀すら知らない輩を呼び出すとは」 「貴族を名乗るのならば、まずはそれ相応の振る舞いを身に着けろ。お前の今の言動はただの我が侭な子供の八つ当たりにしか見えなかったが」 冷ややかな眼差しに刺され、ギーシュはぎりと歯を噛んだ。平民とはいえ女性を傷つけるつもりはなかったが、これなら存分に気を晴らすことが出来る。よかろう、ギーシュは胸に刺していた薔薇を抜き取った。 「君に礼儀というものを教えてやろうじゃないか。丁度いい腹ごなしだ」 「…なるほど」 酷薄に笑んだ陽子にギーシュはくるりと背を向ける。 「場所はヴェストリの広場だ。準備が出来たらきたまえ」 取り巻きを引き連れ食堂を出て行く少年に、どこまでも気障な、と鼻を鳴らし、陽子はシエスタへ振り向いた。彼女はがたがたと震え、真っ青な顔をしていた。 「シエスタ?もう大丈夫だよ」 あいつは行っちゃったから、肩をぽんぽんと叩いても、彼女の震えはおさまらない。 「…あ、あなた、殺されちゃう…。貴族に逆らったりなんかしたら…」 「え?」 堪え切れなかったかのように、シエスタは脱兎のごとく逃げ出してしまった。…そこまで、平民に貴族の恐怖は根付いている。 やれやれ、と頭をかいたところで、目下一番の問題が陽子の背をどついた。 「何やってんのよあんた!見てたわよ!」 「ああ、ルイズ」 「ああ、じゃないの!あんた何勝手なことしてんのよ!決闘?馬鹿じゃないの!」 「えっと…」 やっぱり怒られるだろうな、とは思っていたので、苦笑しきりだ。ルイズは陽子をじろりとねめ上げる。 「謝ってきなさい。今なら許してくれるかもしれないわ」 「それは嫌だ」 即答する陽子に、予想はしていたのかルイズは大きな溜め息を吐く。 「あのね?怪我だけじゃすまないのかもしれないのよ。いいから謝っちゃいなさい。…平民は、絶対にメイジに勝てないのよ」 「…だれがそんなことを決めたの?」 「…え」 冷えた声に、ルイズは目を見張る。陽子は、静かに怒っていた。 ここ一日で大分この世界のものの考え方もわかってきた。民主主義の世で育ってきた陽子には、それが滑稽にさえ思えることも。 何故貴族であるのか――――それをわかっていない連中が多く思えるのは、ここにはこどもしかいないからなのか。 「上に立つものの、その力は何のためにある?――――民のためでなければならないはずだ」 「………」 何も言えずに口を噤むルイズに背を向ける。 「ヴェストリの広場って?」 「こっちだ、平民」 遠ざかる背中に、ルイズは吐き捨てる。 「…使い魔のくせに。なによ、平民のくせに」 それなのに、上に立つものの責任を説いた少年の眼差しは、まるで王者のようだった。 前ページゼロのメイジと赤の女王
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前ページ次ページゼロのアトリエ その日、ヴィオラートたちはシエスタの生家に泊まることにした。 貴族の客をお泊めするというので、村長までが挨拶に来る騒ぎになった。 最初は緊張して、必要以上に丁重な態度をとっていた両親だったが、私が奉公先でお世話になっている人たちよ、とシエスタが紹介するとすぐに相好を崩し、いつまでも滞在してくれるようにと言った。 久しぶりに家族に囲まれたシエスタは幸せそうで、楽しそうで、ヴィオラートは何だかシエスタがひどく羨ましくなってしまった。 兄は元気だろうか。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師30~ 砂時計の修理は、少なくともルーンの力を得たヴィオラートにとっては簡単だった。 固定化の呪文がかけられていたので、部品そのものは全て揃っていて、ほぼ完全な状態を保っている。 いつも通り赤いバッグの中から必要な道具を取り出して、ヴィオラートは砂時計の修理を試みる。 その日の夜半、竜の砂時計は早くも往年の輝きを取り戻した。 翌朝。完成した竜の砂時計をちらりと見て、キュルケが言った。 「あたしも行くわ」 しかし、ヴィオラートは黙って首を振ると、その申し出を否定する。 「この竜の砂時計で過去に行けるのは一人だけなんだ」 「そうなの?」 「それに、日時、場所、その限られた条件下でしかこの…時間を越える効果は発動できない。 それに日記にある…過去に行ったとされるのはあたし一人だから、あたし一人で行かないといけない。 でなければ、過去が変わって現在に思わぬ影響が出るかもしれない」 「そっか…じゃあ、あたしたちは先に学院に戻ってるわね」 そう言ってタバサを見たキュルケに、タバサはただこくりと頷いて答える。 キュルケとタバサは、一足先に魔法学院へと帰ることにした。 「…さて。じゃああたしは、これからエスメラルダさんに会わないといけないんだよね」 ヴィオラートはそう言って、シエスタに視線を向ける。 「は、はい?なんでしょう、ヴィオラートさん」 「この近くに、人気のない廃屋はないかな?何年も、人通りすらなかったような… エスメラルダさんだけが、通っていたような…」 「え?えーと…」 シエスタはちょっと考えて、記憶の糸を手繰り寄せた。 「たしか、森の中に私が生まれる前からあるっていう廃屋があったと思います…あそこなら、 祖母以外は誰も近づかないんじゃないでしょうか。そもそも危険だし、八年前には既に壊れかけてたらしいって」 シエスタがそこまで言うと、シエスタの父が言葉をついで答える。 「たしかもう何十年も前になりますか。元貴族の盗賊か何かが作った隠れ家だったって話ですが… まだ若かったうちのばあさんが追っ払いまして。まあ、めぼしいものはばあさんが取り返してきたし、なにしろ元貴族の盗賊が作ったものなんでどんな罠があるやら…壊すのも手間だし、今まで何となく放置されてるって感じですかね。 あそこなら、うちのばあさん以外誰も近づかないんじゃないでしょうか」 ヴィオラートは頷いて、シエスタに案内を頼んだ。 村からわずかに外れた森の中に、なるほど、たしかにそれらしい廃屋があった。 最後に人が入ったのは何年前の事だろうか、廃屋は既に朽ち果て、雨露さえもしのげないほどに崩れ去っている。 「ここが、例の廃屋です」 「うん。それじゃあ行ってくるね」 ヴィオラートはそう言って、朽ちた廃屋の扉を壊して開ける。 「え…これは!?」 その瞬間目に入った光景に、思わず動きを止めて、ヴィオラートは声を上げる。 床に、何回も何回も書き直された魔法陣が描かれていた。 「これは…そっか、エスメラルダさんが…でも…これじゃ、発動するわけないよね」 全く意味のない文字が大量に描かれているし、年月の為か、ところどころかすれて来ている。 さすがに、知識もなしに竜の砂時計の効果を発動させる魔方陣を再現するなど土台無理な話だったのだろう。 しかし、やらずにはいられなかった事は理解できた。わずかな記憶を頼りに、いつか帰れると信じて。 「でも…おかげで、どうすれば時間を遡れるのか、完全に理解できた」 ミョズニトニルンの力を得た今なら、竜の砂時計の構造やシステムと照らし合わせ、正しい文字や式を付け足して魔法陣を完成させることができる。 この日記に今、この場所が書き残されていたことも、やはり意味はあったのだ。 魔法陣を修復する作業を始めたヴィオラートを前に、シエスタが迷いながらも言伝を頼んだ。 「あ、あの、元気で…今も皆、元気でやってるって。それだけ伝えてください」 ヴィオラートは微笑んで、承った。 「うん。しっかり伝えるつもりだよ」 どのみち、エスメラルダとは初対面になる。 シエスタの名を出さないと、始まる話も始まらないかもしれない。それは予想していたから。 そして完成した魔法陣の上に立ち、ヴィオラートは砂時計を掲げる。 砂時計とルーンの光が共鳴し、数瞬ののち、ヴィオラートは跡形もなく消え去った。 「本当に…本当に、あの砂時計で、時間を越えられるんだ」 シエスタは呆然と、ヴィオラートの消え去った魔法陣を見つめていた。 八年前…過去に遡行したヴィオラートの目に最初に飛び込んできたのは他でもない。 ヴィオラート自身。そう、もう一人のヴィオラートの姿。 「あたしは…あなたから見て未来のヴィオラート、ってことになるのかな?」 未来のヴィオラート。そうだ、想定しなかったわけではない。 竜の砂時計をその手にした時から予測していた事態が、現にここに現れたのだ。 「具体的には…この世界から去って自分の世界に帰る直前のヴィオラート。だね。 確実に二人きりになれて、絶対に他の人にばれない、それでいて時間を越えられる…そんな条件の時はここしかないから、今ここで会ってる」 未来のヴィオラートは、ゼッテルを束ねた冊子をヴィオラート… 現在のヴィオラートに手渡して、言った。 「ここに、あなたの『今』からあたしの『今』までの出来事が記されてる。これを渡すためにあたしは来た」 現在のヴィオラートは、未来の自分の真意を量りかねて、ただ呆然と未来のヴィオラートを見た。 「あたしは…あなたは、『これ』を渡されて悩む事になる。そしてその選択の結果、あたしがここにいる」 「でも。これが、竜の砂時計を持つということ。時を越える術を手にした時に背負うもの」 そこまで言った未来のヴィオラートは、無言で過去の自分を見つめる。 現在のヴィオラートも、ようやくまともな平常心を取り戻して、未来の自分を見つめ返した。 「…あなたは、過去のあたしだから、これ以上の言葉を重ねる必要もないと思う。 でも、あたしが過去…今ここで、未来の自分に言われた事は言っておかなきゃいけない」 今ここで…この廃屋で、『未来のヴィオラート』もこれと同じ体験をした、という事だろうか。 「既にあたしがこうして介入したこの世界では、何もしないということは、何もしないという選択をしてることになるってこと。 『これ』を読まないことこそが、未来を書き換える事に繋がるという事」 「…わかってる。」 現在のヴィオラートはさすがに緊張して、震える手で紙束を受け取る。 「…あたしと同じ選択をしろとは言わない。でも多分、あなたもあたしと同じ道を歩む事になる」 未来のヴィオラートは後ろを向いてから、過去の自分に言葉を残した。 「それと…あたしが後悔してないって事だけは…教えておくよ」 それだけ言って、未来のヴィオラートは、砂時計の光の中に消える。 今現在を生きるヴィオラートは、無言で紙束を見つめ続けた。 十分すぎる時間が過ぎ去った後、残されたヴィオラートは小さな一歩を踏み出した。 エスメラルダに会うために、未来への一歩を踏み出すために。 竜の砂時計を持った者として、確かに一歩を踏み出したのだ。 外に出ると、日記に書かれていたとおり、廃屋の前に立ってエスメラルダを待つ。 こちらでも朝、陽はようやく南中の半分まで達したところだ。 しばらくすると、老齢の女剣士が歩いてくるのが見えた。 「…貴女は誰?」 「あたしはヴィオラート。錬金術師です」 ヴィオラートはそう答えると、日記と…竜の砂時計を見せた。 「そう…錬金術師が、ついに…」 既に頭部を白髪に覆われたエスメラルダは、 ようやく求め続けた錬金術師に巡り会えた深い感動に打ち震えつつも、言った。 「いつか…いつかめぐり合えると信じていました。このために私は…」 しかし、次いで出てきた言葉は予想通りの…いや、 既に決まっていたことを確認するかのような、澄みきった一言であった。 「私は既にこの世界の者。だから、戻ろうとは思わない。日記を見た貴女なら、わかってくれると思うけど」 それも予想していた答えだった。この日の後も日記が続いているという事は、彼女はここに残ったという事… エスメラルダは、まだ機能している廃屋の扉を開けると、中から粗末な箱を取り出して、ヴィオラートに手渡した。 「これが私が元の世界から…グラムナートから持ってきた全て。 できれば元の持ち主に返したかったのだけれど…あなたに渡しましょう」 かなり大きい箱だったが、ヴィオラートは中身を分散整理して、腰の秘密バッグに詰め込む。 「あら、それはあなたが作ったの?最近は錬金術も色々進化してるのね」 エスメラルダは初めて見る奇妙な道具に驚き、そしてその驚きそのものを懐かしみ、遠い目をして言った。 「私はこの世界に来て幸せだった。自信をもってそう言える。だから…」 「私は、ここにいる」 そう言ったエスメラルダの目には、深い充足と自らの辿ってきた道への自信が溢れていて。 だから、ヴィオラートは無言で、ただ微笑んで、シエスタの言伝だけを伝えることにした。 「シエスタちゃんがよろしくって…皆元気でやってるって。そう伝えてくれってだけ、言われました」 「あら、シエスタが?あの子、元気でやってる?」 「ええ、最近はあたしが錬金術を教えてるんです…ちょっと、引っ込み思案な所はありますけど…」 「シエスタが錬金術を…これも、何かの縁でしょうか。そう、あの子が錬金術師に…」 そこまで言ったエスメラルダは、何かを思い出したのか、真剣な表情に切り替わって話し始めた。 「…その…あなたがシエスタの…あの子のことを少しでも大切に思ってくれているというなら、話しておかなければいけないことがあってね?」 「何ですか?」 「あなたの…その、額のルーンにかかわることなのだけれど」 ヴィオラートは目を見開いて、エスメラルダを見つめる。 昇りかけであった陽は既に南中し、傾き始めていた。 魔法学院。錬金術工房の中で、ルイズが首を傾げつつ、戻ってきたキュルケとタバサを迎えている。 「ヴィオラートはどうしたの?」 ルイズの問いに、キュルケは「ちょっとあってね」とだけ答える。 「うーん、この『カリヨンオルゴル』が鳴らない原因を一緒に調べて欲しかったんだけど…」 「あら、調べるぐらいならあたしでも協力できるんじゃない?」 「貴女じゃダメ。第一、貴女って装飾品作ったことないでしょ?」 それもそうだ。キュルケは納得し、ルイズのことはヴィオラートに任せ、自分は自分の勉強に戻ることにした。 日が傾き、空が夕焼けに染まる頃、ようやく当のヴィオラートが姿を現した。 「ただいまー」 待ち構えていたルイズは、さっそくヴィオラートに質問をぶつける。 「ねえ、ヴィオラート。この『カリヨンオルゴル』が鳴らないのよ。ちゃんと作ったはずなのに…」 「そう。ちょっと見せてね」 ヴィオラートはそう言って、ルイズの作ったカリヨンオルゴルを手に取る。 そして、一旦カリヨンオルゴルを置くと、今度は何気なくルイズの傍に置かれた『始祖のオルゴール』を手に取り、何かに納得するように頷くと、言った。 「この『カリヨンオルゴル』は、特定の人にしか届かない音を出してるみたいだね。奏者って、聞いた事ない?」 「奏者?ちょっとわかんないかな…特定の人にしか届かないとか、それって一体全体どういう話になってるの?」 「そのうち…そうだね、あと三日もすればわかるから、その時話すよ」 何かを隠しているような、ヴィオラートの態度。 ルイズは少し不満げな顔をしたが、ヴィオラートの言う事ならばと納得し、 「じゃ、三日だからね?その時までに説明してよ?」 そう言って、期限の迫った詔をこねくりまわす作業を始めた。 「なにをしてるの?」 ヴィオラートの問いに、「詔」とだけルイズは答えて、途中まで何かが書かれた紙に向き合うが…羽ペンを持ったルイズの手は、一行たりとも進もうとしない。 「姫様の結婚式はもうすぐなのに…詔がまだ完成しなくて。いい言葉が思いつかなくて困ってるの」 「そうなんだ。ルイズちゃんなら大丈夫だと思うよ。頑張ってね」 ヴィオラートの気のない返事に、ルイズはちらりと視線を向けて言った。 「…ちょっと来なさい、一緒に考えてもらうわ。他に、話もあるし」 それからルイズは、ずるずるとヴィオラートを部屋まで引っ張っていった。 「じゃあ、とりあえず考え付いた分だけでも読み上げてみたらどうかな?」 部屋に着いたルイズは、こほんと可愛らしく咳をして、自分の考えた詔を読み上げる。 「この麗しき日に、始祖の調べの光臨を願いつつ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 畏れ多くも祝福の詔を詠みあげ奉る…」 それだけ言うと、ルイズは黙ってしまった。 「続けないの?」 「これから、火に対する感謝、水に対する感謝…順に四大系統に対する感謝の辞を、 詩的な言葉で韻を踏みつつ詠みあげなくちゃいけないんだけど…」 「韻を踏みつつ詠みあげればいいんじゃないの?」 とぼけた顔で言い放つヴィオラートに、ルイズは拗ねたように口を尖らせて言った。 「なんも思いつかない。詩的なんて言われても、困っちゃうわ。私、詩人なんかじゃないし」 「うーん、とりあえず、思いついたことから言ってみたらどうかな?」 ルイズは困ったように、頑張って考えたらしい『詩的』な文句を呟いた。 「えっと、炎は熱いので、気をつけること。風が吹いたら、桶屋が儲かる」 「えっと…この世界の詩って、そんななのかな?」 全く詩の才能がないらしいルイズはふてくされると、ぼてっとベッドに横になって、「今日はもう寝る」と呟いた。 ごそごそと着替え、ランプの明かりを消したあと、しばらく黙り込んでから、自作のベッドに潜り込んだヴィオラートを呼んだ。 「ねえ、タルブで何があったかって話」 「うん」 「キュルケもタバサも、はっきりと言わなかったけど」 ルイズはそこまで言うと、しばらく逡巡し、 「帰れるんでしょ?」 とだけ、言った。 「うん」 ヴィオラートも、必要最低限の回答だけをした。 「…」 黙り込んだルイズに回答を重ねるように、ヴィオラートが続ける。 「あたしは…もうすぐ、帰れるかもしれない」 押し潰されそうな沈黙が、ルイズの部屋を覆いつくす。 「私が行っちゃダメって命令しても、行くの?」 ヴィオラートは黙ってしまった。ルイズは、そうよね、とつぶやいた。 「ここは…あんたの世界じゃないもんね。そりゃ、帰りたいわよね」 しばらく、二人は黙っていた。 ヴィオラートは喋らないし、自分もそれ以上、何を言えばいいのかわからなくなったのだろうか。 ルイズはヴィオラートの反対側を向いて、目をつぶる。 「イヤね。あんたが傍にいると、私ってば何だか安心して眠れるみたい。それって頭にきちゃう」 そこまで言うと、限界を迎えたのか、ルイズは規則正しく寝息を立て始めた。 ルイズの寝息を耳にしながら、ヴィオラートは考えた。 この異世界で出会った人たちのこと…。 たった何ヶ月かの滞在に過ぎないが、色んな人たちに出会った。 意地悪だった人もいたけど、ほとんどの人は優しくしてくれた。 困ったことがあったら力になると言ってくれたオスマン氏。 自分の思惑はあるにせよ、ヴィオラートが自由に活動できるように取り計らってくれたコルベール。 毎日地面を掘り返して、菜園作りに大いに貢献してくれた上に材料まで調達してくれたヴェルダンデ。 人間じゃなくて剣だけど、頼りになる『相棒』デルフリンガーくん。 綺麗で賢しそうなお姫様、アンリエッタ。 勇敢で、それゆえに死んでしまった王子、ウェールズ。 無口だけど、心の中には人並み以上の感情を秘めたタバサ。 ルイズをからかいながらも、いつもそばにいるキュルケ。 ヴィオラートと同じ世界にルーツを持つ、黒い髪の女の子…シエスタ。 その祖母で、長い長い人生の末にこの世界に残る選択をした、エスメラルダさん。 そして、そばにいるだけでなんだか嬉しくなって、思わず顔がほころんでしまうご主人様。 桃色がかったブロンドと、大粒の鳶色の瞳を持った女の子…。 いつか帰ることは心に決めていた。 でも、本当に帰れる日が現実に見えてきた今、この人たちと… ルイズと、笑って別れることができるんだろうか? わからない。 でも…と、ヴィオラートは思うのだった。 優しくしてくれた人たちに、できる限りのことをしてあげたいと。 嬉しかった分だけ、親切にしてくれた人のために…せめてこの世界にいる間は、自分にできることをしてあげたいと思うのだった。 あとわずかの間に、自分にどれだけのことができるのかわからないけど。 とりあえず、ヴィオラートは寝ているルイズの頭をなでてみた。 寝ぼけたルイズは、むぎゅ、と唸って寝返りを打つ。 ヴィオラートは窓に差す二つの月の光を悠然と見つめ、故郷を想った。 前ページ次ページゼロのアトリエ